煩悩108部屋

恋するカメラ

「ちちうえー」
弥勒法師は娘二人を溺愛している。苦難の果てにやっと掴んだ家族だ。
その夫として、父としての弥勒の行動は理想的だ。たまに愛が度を超すだけ。
「前の弥勒さまじゃ考えられなかったんだけど」
かごめは溜息をついた。微笑ましいけれど。
「ビデオカメラ、気に入ってくれたみたいね」
「うん、そうみたい」
珊瑚も会話に加わって、二組の若い夫婦が河原にそろった。
犬夜叉は女性二人の後ろで傍観しているだけだ。
「じゃあ珊瑚ちゃん、これ」
かごめは紙袋を突きだした。
「何?」
「水着。……あ、大丈夫、露出は低いから」
紙袋から現れた水着は紺色で確かに地味だった。以前かごめが着ていたものに比べれば。
「あ、このゼッケンは学校のだから仕方ないの。お古でごめん」
「そんなの気にしないよ」
珊瑚は水辺の娘二人をちらっとみて微笑する。
「楽しそう」
母親の顔だった。
「……現代で言えばまだ学生なのよねえ」

初夏の日差しで水滴は水晶のようにきらめいた。
弥勒はすっかり妻と娘の水遊びの見学に夢中だ。
ビデオカメラのレンズを通して。
「あ、こっちに水をかけないで下さいよ?」
言われればやりたくなるのが子供心だ。
双子はいっせいに父親にむかって水滴を飛ばした。
笑い声がひびく。
「おやめなさいと言ったでしょうに」
それでも水かけを止めない子供たち。
「くらえっ!」
便乗した珊瑚までが水を浴びせにやってくる。
カメラに被害はないものの、足元ばかり濡れるので、弥勒は仕方なしに後退した。

「ふー」
「充実してんな、お前」
「悔しかったら自分も子を成せばいいでしょう」
さらりと言って弥勒は手元のビデオカメラで先程の動画を確認している。
もちろん、実物を見るのも忘れない。
「簡単に言うけどよ」
苛立ちを隠そうともせずに犬夜叉は頭をかきむしった。
「俺の場合は、お前とは違うんだ」
「そうですかね?」
「一緒だってのか?」
「一緒ですよ。男女の間に出来る子だ。それに、お前は見かけによらずきっと、愛する術を知っているだろうし。生まれた子を、な」
「見かけによらずってな、てめ」
犬夜叉は何を思ったか自分の耳を引っ張って示す。
「半妖と人間の子だ。俺がどんな風に育ったかも知った上でそれを言うのか?」
「そうですねえ、かごめさまは立派な母親になります。保障しますよ。それに、その耳がついていても可愛いと思う」
「………」
話半分に聞いているようで、弥勒はしっかりと会話している。
半妖と人間の子が、迫害され差別される運命と知った上で彼は言ったのだ。
妖怪の血を示す犬耳が、子についていても可愛いと。
二人ならば育てられるから安心せよと。
「考えておきなさい。それにうちの娘らの遊び相手も欲しい。次は長男かなあ、なんてのも思ってますしね」
「そーかよ」

弥勒の指が再生ボタンを押した。
小さな画面に、記録された映像が現れて動く。
もし、この動画を娘らが大きくなった時に、共に振り返って見る事が出来たらどんなに楽しいだろうか。
それだけでない。
とにかく可愛くて可愛くて仕方がないのだ。記録しておけるなら、どんな瞬間も逃さず全てを残しておきたい。
自然とわきあがる笑みを消すことなんて出来なかった。

「お前どこ映してんだよ」
「珊瑚の水着」
「近過ぎやしねえか?」
「いや、これが、いいんじゃないですか?」
「あー……」
見ちゃいけない感じになってしまったビデオから犬夜叉は眼をそらす。
「……お前、何撮ってたんだよ」
「いいですよねえ、ほんと。なんか。なんか」
「はぁ」

画面を眺めて笑っている顔からは、家族愛か性愛か判別し難い。
最近の彼はどっちの方向でもだらしのない顔を見せるから。
勿論、対象はいとしいいとしい、三人限定。


fin.



確かに愛だった」さまのお題「変態に恋されてしまいました」の「盗撮が犯罪って知ってますか?」より。
原作設定とは違うものですが、かごめが長男誕生前に戦国時代にいて、なおかつ物を持って来られる状態、です。
かごめの子育てアイテムは素敵です。
子供記録と見せかけて妻のスクール水着を盗撮してます。
でもきっと、子供もスク水も、どっちも愛おしいんですよ。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。

2010.02.20 漆間 周