「どうして、こうなりました」
青筋浮かべながら話す弥勒の視線の先には村の男の相手をする珊瑚が。
あたしに子供産ませて? などと頼んでいる。
背後から弥勒が「殺すぞ」と言わんばかりの殺気を放っているからいいものの、放っておけば大変危険な状態である。
「しょうがないでしょー、珊瑚ちゃん妖怪の呪いで身近な人に触られるとその人の性格がうつっちゃうようになったんだから」
かごめがポッキーをぽりぽりと食べながらぼやく。
呪いは一日ほどで解けるらしく、まあ特に害はないので、かごめにとってはちょっとした面白い出来事だ。
「弥勒さまが触ったんでしょ、だからああなったのよ」
「何ですよ」
「だってあの行動は弥勒さまそのものよー」
……………。
うおおお、としゃがみ込んだ彼は恐らく人生で初めて自分の女好きを呪った。
「とにかく、私のそばにおいておかないと!」
ざっ、と一歩踏み出す弥勒をかごめは阻止した。
「だーめーよ、弥勒さまが触ったらまた同じじゃない。犬夜叉に連れ戻してきてもらうのが一番よ」
ね、と視線を送る先は樹上の彼。
「……行ってこい」
「は、はい」
さもなくば殺すぞ、と言わんばかりの声音に渋々樹から降りて珊瑚を連れ戻しに向かう。
「おーい、連れ戻してきたぞ、弥勒」
「ありがとうございます……」
これで一安心、と息をついたのも束の間。
「弥勒、てめーいつもいつも女の手えばっか握りやがって! ちったああたしの気持ちも考えろっ!」
飛来骨ッ!!
まくしたてる言葉の直後に放たれた彼女の得物。
あたったら死ぬ、あたったら死ぬ!
本気で生命の危機を感じた弥勒は森の影に身を隠す。
だが珊瑚は一発かまさなければ気が済まないらしい。
気配を消していても、あぶりだすように苦無を投げてくる有様。
「かごめさま! かごめさま、助けて下さいっ!!」
必死の形相で逃げ回る彼に、かごめはしょうがないわねー、と呟いて立ち上がった。
彼女のたくらみとしては、次は七宝か雲母にやらせてみたかったのだが。
まあそれは内緒の話として。
「珊瑚ちゃん!」
「かごめ?」
かけよるかごめに珊瑚は飛来骨を構えていた手を降ろす。
「まあまあ、弥勒さまのこと許してあげてよ」
ポン、と肩に触れる。
これで良いはずだ。
「そ、そうだね……でも弥勒さま、私のこと好きかどうか分かんないもん」
げ、と凍りついたのは今度はかごめの方で。
自分とほぼ変わらぬ仕草で頬を赤らめる珊瑚にやってしまった感がつのる。
――あ、でもこれ、チャンスかも。
ふふん、と意味ありげに微笑んで、彼女を弥勒のもとに連れて行く。
「珊瑚ちゃん、弥勒さまと少し話してみたら?」
「う、うん……そうしてみるね」
「あ、あの、弥勒さま……?」
――…………!
な、名前で、呼んだ!?
しかも今の表情。
普段の素直でない珊瑚らしからぬ、頬を赤らめ、恥ずかしげに組んだ手は口元をおさえて、上目づかいに……!
うぶっ、と予期せぬ自分の反応に思わず鼻を押さえた。
赤いものがぼたぼたと出ている。
――こんくらいで鼻血なんか出してどうする、俺!
しかしあまりにも衝撃的過ぎて。
うぐぐ、と蹲る彼に珊瑚は弥勒さま大丈夫!?と駆け寄る。
――しまった!
彼女の手が弥勒の肩に触れる。
気付いたが時、既に遅し。
「法師さま……あたしに子供、産ませて?」
えへ、と屈託なく笑う彼女。
しかし彼への恋慕のせいか、その顔は少し他の男に向けていたものとは違っていて。
「さ、さささささささ、珊瑚……」
言葉もまともに発せぬまま大量出血でぶっ倒れた男がいた。
その介護に呪いの解けた珊瑚が「こいつ馬鹿か」という冷たい目で鼻血を拭ってやっていたのは、また別の話。
<了>
我ながらおばかな突発ネタです。
でもよく考えてみればもっと膨らませれば割とマトモに小説になったかもしれないと思いました。
糖度高い小説がウチは少ないですからね。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
2009.06.02 漆間 周