「うぁ……これじゃ女口説くのもできねえ」
はぁ、と嘆息するのは珊瑚。
が、中身はもとい――弥勒である。
どうしてこうなったのか。
すべては、謎のまま。
小妖怪の悪戯かと仲間はささやいていたが。
「犬夜叉!」
珊瑚の姿のまま、弥勒は近づいてきた犬夜叉に声をかけた。
犬夜叉は、あん、と冷たい目を彼に送る。
「どうにかしろっ、この状況! 何が悲しくて愛しいおなごの体に……」
言いかけた途端、弥勒ははっと口を押さえた。
「犬夜叉」
「あんだよ」
心底呆れた様子で犬夜叉は返事する。
弥勒が珊瑚になったなら、珊瑚が弥勒になっているわけで。
珊瑚の口調で話す弥勒に、ある意味寒気を覚えていたりもした。
「私が珊瑚の体になったということはですね、この体、私のやりたい放題! 違いますか、違いませんよね」
「おめえなあ……珊瑚のやつも同じこと考えてやがってよ、さっき『法師さまの体じゃ厠にも行けないよ!』つっておめーの声で叫んでたぜ」
「ほう、そうですかあ……」
にやにやと、いつも通り笑う彼だが、姿は珊瑚なわけで。
「……なんか、お前の性格で顔が珊瑚だと、めちゃくちゃこえーな」
「そうですか?」
「ああ。なんつーか、姐さん、って感じだな」
ああ、と犬夜叉は額を押さえる。
気色悪すぎるのだ、この状況が。
「ま、というわけで犬夜叉、私は川で水浴びでもしてまいりますので」
にこっと笑い、しかし錫杖がないと落ち着きませんなあ、とぼやいて彼は川へと向かっていった。
「知らねえぞ、どうなっても……」
もうどうでもいい、そんな目で彼を見送る。
***
しゅるり、と小袖を脱ぐ。
おなごを脱がせることはあっても、脱ぐ、というのは初めてであって。
しかしおなごの体というものはこういう感じか、と思いつつ、腰巻きとさらしだけの姿になった。
「うーむ、やはり……自分で見るのが一番ですなあ」
なぜなら、それは彼女の姿が好きなのではなく、彼女の存在が好きだからであって。
今の己の行動は、単なる助平心に基づいたもの、というわけだ。
くい、とさらしに彼が手をかけた刹那、背後から自分の、声がした。
「飛来骨ーーーーーーッッッ!!!!!!!」
全力で投げられたそれは、見事空中で螺旋を描き、命中した。
彼、すなわち、珊瑚の姿の弥勒の脳天に。
若干ぼんやりしていた彼は、逃げそこない、真白になる頭の中で思った。
――自分の姿でも、やはり珊瑚は珊瑚なのがいい……。
***
「ちょっと、法師さま! 何やってんのさ!」
「さ、珊瑚、いえ、こ、これは……」
飛来骨によって見事水中に落下した彼に珊瑚は迫る。
「これは、じゃない! あたしは厠にも行けなくて困ってるっていうのに!」
「……私の声で『あたし』は勘弁して下さい」
「そういう問題か、この助平法師!!」
バシャ、と水がはね、二人は川に転がる。
水中で押し合いへし合い、やがて弥勒の体が上になった暁には――。
「あ」
「法師、さま……」
――元に、戻った。
じと、と弥勒は己が組み敷いた格好になった珊瑚を見おろす。
さらしも、腰巻も、水に濡れたせいで、透けて、彼女は胸を必死で隠していて。
その朱にそまった頬が。
「ああああああ、やはり中身がお前のお前が私は一番好きだっ!」
「な……」
歓喜に満ちあふれた彼の声に珊瑚はさらに頬を染める。
弥勒は彼女をひしと抱きしめた。
そのまますりすりとやっていたかと思うと、腕は背後にまわり、胸に手をかけ。
「はああああ、やはりおなごは脱がすのが一番です、脱ぐのはあまり楽しくありませんねえ」
あはははははは、と助平親父そのままの声で固まったままの彼女をいじり倒す。
「法師、さま……」
まんざらでもない表情で、彼女はそっと弥勒の肩に腕を回す。
「あたし……法師さまのこと……」
目を潤ませ、愛しげに顔を近づけて。
そのまま腕をぐい、ともう一方の腕で締め上げる。
「……誤解、してなかったみたいだねッ!」
ぐは、と弥勒が白眼をむいて倒れる。
はぁ、と珊瑚は嘆息して立ち上がった。
こんなやつ、このままここにほっといてやる。
一人小袖を着て、気絶した彼を川に置いたまま、楓の庵に戻った。
「ああ、みんな、元に戻ったよ」
良かったの〜、と七宝が珊瑚に抱きつく。
はは、と彼女は笑った。
「で、弥勒の野郎はどこなんだ?」
「………………」
しばし沈黙の後、珊瑚の唇に悪魔めいた笑みが形作られる。
「さあ……あたし知らないや。どこ……かな?」
庵にいた全員がその気迫にひぃ、と固まったのは言うまでもないこと。
ちなみに結局弥勒がどうなったかは……話す必要も、ないことだ。
fin.
前回のトレースに続き、またしても入れ替わりネタです。
体まで、バージョンということで。
拍手レスはもはやノリで書いてます。本当、色々すいません(笑)
こういうネタって漫画の方がいいですよね。絵が描けたらなあ、と。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。
2009.06.21 漆間 周