見た目は子供、頭脳は助平、その名は。

「珊瑚、さん……」
「ん、何だい?」

珊瑚が振り返って見つめるのは幼子。
齢は十くらいだろうか。
宿敵に命を握られた弟を思い出し、つい頬がゆるむ。
――その中身が、あの女好きで金好きの破戒法師の幼くなっただけのものと知っていても。

***

「のう、雲母」
「みぃ?」
「弥勒のやつ、いくら退治した妖怪のとばっちりで小さくなってしまったとは言え、おら中身は弥勒のまんまじゃと思うのじゃが……気のせいじゃろうか?」
声をひそめて雲母に耳打ちする。
雲母は思案するようにくいっと小首を傾げて、その幼い姿になった主人の想い人を見つめた。

「どうじゃ、雲母」
「……みぃ〜」
「そうか、良く分からぬか……しかしこのままでは珊瑚が危ないぞ! おらたちがしっかりせねば!」
「みっ!」

***

「う〜ん、これは珊瑚と一緒に風呂に入れる千載一隅の機会、逃すわけには……」
幼子の体で、それに似つかわしくない動作と言葉。
顎に手甲のはめられた手をあて思案する。
珊瑚はここで待ってな、と言ってどこかへ行ってしまった。

先程からあれやこれやとしてもらい放題ではあった。

肩車に抱いてもらいながらの昼寝など、語るに尽きない。

にやにやと緩みそうになる頬を押さえ、必死で「中身も子供になっちゃったんです〜」を演じ続けた。

「弥勒ぅ!」

「……七宝、さん?」

先程の大人の気配はどこへやら、なよなよと頼りげない子供の声で答える。

「とぼけても無駄じゃ、さっきの言葉聞いておったぞ! な〜にが『珊瑚と一緒に風呂に入れる千載一隅の機会〜』じゃ!」
びしり、と指をつきつけられ、隣の雲母も覚悟せよ、とばかりにみっ! と鳴いたせいで、弥勒はバレてしまったことを知る。

「いや〜、分かっておりましたか」
あはは、と頭をかく動作は普段の彼そのもの。
「当たり前じゃ、おらが見逃すとでも思ったか」
ふんぞり帰る七宝に弥勒は少しかがんで耳打ちする。
背丈はそう変わらないのだ。
幼いはずの表情が一変する。
「七宝、どうだ……………してやるから…………で、今回は見逃してはくれぬか?」
「何っ? う、う〜……し、しかしこのままでは珊瑚の貞操が」
「どーこでそんな言葉覚えた」
拳骨一発くらわせて弥勒はあきれ顔で溜息をついた。
「〜っ、殴ったな、いたいけな子供を殴ったな、全く、今の話はなしじゃ! だいたいそんな言葉というても大概がおぬしからじゃわい! おらは珊瑚のところに行ってくるからな!」
フフン、覚悟しておれよ。

ニヤリ、と極悪な笑みを浮かべて七宝と雲母は珊瑚の元へ向かった。

はぁ、と嘆息して弥勒は夕暮れの空を見上げる。

――まあ、色々楽しかったので良いのですがね。しかしこのままでは珊瑚とまともに……というかおなごも口説けないので困ったものなのだが……。

姿かたちは小さくて純粋無垢なくせに、考えることが穢れ切っている彼であった。

***

「法師、さま……?」
ふふ、うふふふふふふふ……。

目に見えるばかりの殺気を放って、珊瑚が飛来骨を構えてやってくる。

「待て、珊瑚。私とて、元には戻りたいのだ。なぜなら」
「おなごを口説けんからじゃろ」
珊瑚の肩の上の七宝が冷たく言葉を発する。
「いえ、ま、まあそれもありますが……ええい、それだけでなく!」

「問答無用! あの助平妖怪を退治する、飛来骨!」
「私は妖怪ではない!」
「一緒だ、馬鹿!」

そして、すばしっこい弥勒――姿は子供ゆえにいつも以上に速い――と退治屋の追いかけっこが始まる。
無限リピート。

夕暮れに少女の影と童の影が移動する。
切株の上に七宝はすわりこむと、かごめからもらった飴玉をくわえて見物に入る。

「あほじゃ」
「みぃ」
「のう」



「ああああああああ〜〜〜……!!!!!」
どうやら元に戻ったらしい法師の声が響く。
いつもの助平丸出しの声である。

「いえ、私が元に戻りたかったというのはですね、このままでは珊瑚に対しても何も出来ないと」
「問答無用!」
「昼のことを怒っているのですか!?」
「当たり前だ! というかその服を何とかしろ〜ッ!」
「はい? って、うえ!?」

小さな着物に元の弥勒が収まるはずはなく。
ほぼ半裸状態の彼がそこにいて。

怒りと羞恥双方が頂点に達した珊瑚が鉄拳制裁に入る。
飛来骨だけでは気が済まないらしく、平手の心地よい快音と共にぼかすかと殴る蹴るの音がする。

***

遠くにその阿鼻叫喚を聞きながら、七宝の側にかごめと犬夜叉がやってきた。

「やっぱりな」
「やっぱりね……弥勒さまだもの」
「何で珊瑚のやつ騙されてたんでい」
「ん〜……それは、恋のせいかしらね。まあ今は……y=x^2、定義域はx0以上で珊瑚ちゃんの怒り無限に上昇中よ」

「はぁ……」

全員の溜息が一致する。

「あほじゃ」

うんうん、と全員が頷いて、また平手の快音が響いた。


fin.



HARUさまよりリクを頂きました、妖怪のせいで子供の姿になってしまった弥勒だが、中身はそのまま。
で、普通のストーリーだといろいろと収集がつかないと思いまして、もう勢いギャグにしました。
毎回入れ替わりなど変わり映えしないネタですみませぬ。
というかいつも珊瑚がキレて終わるこのネタ。笑いの神さま降りてきて下さい。。。
現代パロのギャグも入れたいところですが。
少しでも笑っていただければ幸いです。

それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。

2009.07.16 漆間 周