捧ぐ錦の花開く

「珊瑚−。開けますよ?」
制止の声が掛からないのを確認して、弥勒は中に入った。
振り返ったのはややげんなりした顔の退治屋の娘。
周りには大量の小袖。
雲母が布に埋もれている。
「…まだ迷ってるんですね。だから、わたしが選んであげようと言ったのに」
「法師さまにだけは頼まない!柄見るからこれ持って」
「はいはい」


事の起こりは、旅の途中で受けた妖怪退治。
妖怪が出没するという宴に二人は潜入する事になっていた。
どうやら格の高い宴のようで、法師の弥勒はともかく、女の珊瑚にはそれなり格好が求められるらしい。
飛来骨の持ち込みも出来ず、雲母も隣室で待機だ。

その代わりに用意されたのがこの小袖たち。
それらは彩りも鮮やかで、今身に着けているものよりも格段に良いものだ。
暗器を使えば破れてしまうと何度も固辞したのだが、依頼主も譲らなかった。

こんなに沢山の衣装を用意され、何を着れば良いかさっぱり分からない。
少し投げやりに、腕を広げた弥勒に小袖を掛けていく。
その姿は衣紋掛けか、畑の案山子か。
「珊瑚、何もそんなに悩まなくても。おまえならどれも似合うと思いますよ」
案山子が口を利いた。
「うるさい。真剣なんだから少し黙って」
本当はもう考えるのも嫌だったが、弥勒の手前そう言った。

大体この法師は、自分にこれを着せるのを何故か楽しみにしているのだ。
そんな様子に自分はつい反発してしまう。
そしてまた一枚、小袖を掛けた。

暫しの沈黙。
恐らく最初に異変に気付いたのは、雲母であろう。
退屈そうに主を見遣った紅い目は、思いの外真剣な彼女の顔に瞬いた。
続いて横の法師を見る。
「―!!」
その白い毛並みが一瞬、逆立った。
そのまま黙って目を閉じる。
まるで、何も見ていないとでも言うようだった。

と、次いで現れたのは犬耳の少年。
「おい、弥勒!どこをほっつき歩いてやがるっ」
スパンっと見事な音を立てて障子が開いた。
「ちょっと犬夜叉!!ノックくらいしなさいよ。珊瑚ちゃん着替えてたらどうするの」
続いたのは勿論かごめとその肩に乗った七宝。
彼等も宴には出席しにくいため、雲母と共に待機する事になっていた。
「のっく、ってなんでい」
そもそも障子でノックはないだろう。
「いや、だから…あんたには配慮ってもんがないのっ」
「かごめ…おら、弥勒がいたら珊瑚は絶対着替えないと思うぞ」

突然やって来て騒ぎ始めた仲間に軽く溜め息を吐いて弥勒が振り向く。
口元には柔らかな笑みを湛えて。
「なんですか、突然……?」
そこで仲間の表情に気付く。
凍結。
固まった顔と、一瞬の沈黙。
次いで、決壊。
犬夜叉は腰を抜かし、かごめがそれを盾かのように後ろに回る。
七宝は「…ひっ」と何かを吸い込んで以来反応がない。

「どうしたの?みんな」
ひょこっと珊瑚が弥勒の横に顔を出した。
「さささ、珊瑚ちゃん!?」
 


彼等が見たもの…それは色とりどりの衣を纏って微笑む、弥勒の姿だった。

 

「そんなに変だったかな?」
「うーん、変っていうか。似合ってはいたんだけど…」
かごめは苦笑を禁じ得ない。
話を聞くには、小袖を弥勒に広げてもらっているうちに、弥勒に似合いそうなものを選んでいたらしい。

結果的に袈裟の上から女物の衣装を羽織ったような姿はどぎつい十二単のようだった。
しかし彼に妙に合っており、一歩間違えれば崩壊するだろう危うげなバランスは、妖しい美しさまで湛えていた。 

そう、似合っていたのが余計に始末に悪い。
犬夜叉は、自分に言い寄って来たあの男を思い出したらしく、不快そうに身震いしていた。
七宝は至っては、半べそだった。


「ねえ、かごめちゃん…。法師さま、怒ってると思う?」
その声に珊瑚へ目を戻すと、いささか悄然とした姿がそこにあった。
「あの人、普段は袈裟に墨染だろ。鮮やかな色の衣って見たことないから、つい楽しくなっちゃって…」

――た、楽しかったんだ。珊瑚ちゃん…。
再び思い出す弥勒の艶姿。
――まあ、楽しくなきゃあれは作れないか、な。一応、綺麗(?)なんだし…。
頭をよぎった七宝の怯えた顔がとっても気の毒に思えた。

「でも、あんなのダメだよね。いくら法師さまが優しくても、きっと怒ってるよね…」
珊瑚のどんどん萎れていく声に、かごめは明るく返した。
「大丈夫よ!弥勒さまが珊瑚ちゃんを怒るなんて考えられないもの」
――あれはあれ。これはこれ。
確かに先程はびっくりしたが、落ち込んだ珊瑚は放っておけない。
「今だってしっかり自分のお気に入り珊瑚ちゃんに着せてるんだから」
そう、今珊瑚が着てる小袖は弥勒が去り際に渡したもの。


浅葱の地に藤袴の細やかな花、橙が所々滲んだ小袖に女郎花色の腰巻きを合わせた様子は丁度今頃、秋の暮れ始めを思わせる。


「すっごく似合ってると思うよ?さすが弥勒さまよね。…はい、こっちも完成」
かごめは珊瑚の化粧と髪を整えていたところだ。
「ね、弥勒さまに見せに行ったら?」
「え!!…いいよ、別に」
「でも弥勒さまが珊瑚ちゃんにって選んでくれたんだよ」
ね?と傾けた顔は200%の笑顔。
如何せん、これには勝てない。
「…うん。分かった」



弥勒を探し廊下に出ると、まさに本人が前方の部屋から出てくるのが見えた。
その姿は勿論いつもの緇衣に袈裟。
先程の自分の所行を思い出して、思わず足が止まる。
逃げるように下げた視界に映るのは常とは違う衣。
慣れない化粧もして、嘗てない程めかしている自分に、より顔を上げる事が出来ない。

「珊瑚」
彼は当たり前に気付いて声を掛ける。
その声はいつもと同じ、いや、より優しいか…。
「あ、法師さま…えっと」
しどろもどろな口調に更に焦る。
法師はそれに少し笑ったようだ。
「その小袖、良く似合ってますよ。顔を見せてはくれないのか?」
言葉に促されてちらと目線を上げる。
が、すぐに伏せて。
「あの、さっきはごめん。何だか変なことになっちゃって…」
弥勒から今度ははっきり笑う気配がする。
「あんな事気にしてませんよ。それより珊瑚、早く」
言うや否や、顎に手が掛けられすっと顔が上がった。



見開いた視界を埋める彼の顔。
温かな指の感触が不思議なほど輪郭をもって伝わる…。
「ほら。やっぱり私の目に狂いはないだろう?」


その言葉を契機に、ばっ、と後ろへ下がる。
「な、何!?」
叫んで睨んでようやく真っ直ぐその顔を見た。
「いや、珊瑚の着こなしがあまりに見事なので。それを選んで正解だったなあ、と。」
いよいよ顔が赤くなっていくのを自覚する。
すっとぼけた口調が憎らしい。
「し、仕事だから、だから別に…」
「でも、私が渡したそれを着てくれたでしょう?」
にこにこと機嫌良く笑う顔を、今度は意地でも見つめ返す。

…もう何も言えそうにない。
そもそも弥勒に会いに来た目的からして、反論など無用なのだ。
しかし、この慣れない格好も謝ろうと思った行いも、全てが弥勒に有利に働いている気がする。
結局、最後は彼の思惑通りになってしまうのだ。


本当は弥勒が自分の為に見繕ってくれるのは嫌いじゃない。
今のように褒めてもらえるのはもっと、素直に嬉しい。
それに、この人が笑ってくれるのは嬉しかった。
彼の衣装を考えるのは楽しかったから。
そんな事、本人には口が裂けても言えそうにないのだけれど。


「せっかく似合っているのだから、きちんと前を向きなさい。勿体無い」
この法師特有の物言い。
目に入るのは彼が選んだ特別な小袖。

――何が勿体無いんだか。
呆れたように、くすりと微笑った。
「やっぱりおなごは笑顔が一番ですな」
「はいはい」
目敏く気付いてくれたのが嬉しくて更に笑みが深まる。


いつもと違う格好だから、いつも出来ない事が今なら出来るだろうか…。

「法師さま、ありがとね」
なかなか照れは抜けないけれど、ちゃんと見詰めて言ってみる。
彼はきっと笑顔を返してくれるから。
それを見逃さないように。

「はい。どういたしまして」
弥勒はやっぱり笑ってくれた。


笑顔に笑顔を重ねて、二人肩が触れ合い、また笑んだ。





【後書きにかえて】
お読みいただきありがとうございました。

周さんへのありがとう!!を込めて書いた作品ですv
…が、なんか謝らないといけない気がします。
リクエストの‘あほな珊瑚’、上手くあほにならなかった(涙)
最初にリクをいただいた時、ひたすら天然ボケをかますか、法師への愛に暴走するか、
どちらかだなぁ…と思ったのですが、すっごい中途半端。
こんな曲解どうなんだ?と自分でも思います。
裏タイトルは「私だけが引き出せるあなたの魅力」だったりします(笑)
タイトルもね、うち流の長ーいのにしようかな?とも思ったけど、
周さんのサイトの雰囲気を壊しちゃいそうなので控えめ。

こんなので宜しければご笑納ください(突っ返してくれても…はは、自信無くなってきた)










【おまけ】

「のう、弥勒。さっきは何で笑ってたんじゃ?」

「さっき…とは何時です?」

「さっきじゃ。弥勒が小袖をいっぱい被っていた時じゃ」

「笑って…ましたかねぇ」

「笑っておった!!おら、あの顔が一番怖かったぞっ」

「笑った顔が怖いとは…お前失礼じゃないか?」

「事実じゃからしょうがないじゃろう。…で、どうして笑っておったんじゃ?」

「それは勿論決まっているじゃありませんか。
平生でも愛らしい珊瑚が着飾ったらどんなものだろう、と考えるだけで口元は緩みます。
しかもあの状況。
本人は意識してないようでしたがね。
小袖を私の腕に当てる時の布越しの手。
あの珊瑚が自分から触れてくるんですよっ!!
常よりずっと近くから見下ろす艶やかな黒髪。
広げた腕を閉じてしまえば、簡単に抱き締められる位置にいるわけです。
これが楽しくないはずがないっっ!!…て、あれ?七宝、人の話は最後まで聞きなさい」

「…聞いたおらが馬鹿じゃった」


じゃんじゃん♪



相互リンクの記念に、時正館の梢乃秋さまからいただきました。
モトは私が相互リンクして下さったお礼に、何か差し上げたいと申し上げたものなのに、すいません。。
こちらのあほうしはまだ出来上がっていないという…。
まずタイトルが素敵です。そのタイトルセンスを私にも分けて下さいまし、秋さん…おおお。
十二単の弥勒を想像しただけで悶えました。
それで遊んじゃってる珊瑚ちゃんもとっても可愛いですv
で結局似合う着物を着せられてラブラブな二人に鼻血出そうでした、はいv
そして最後のおまけもからりと笑わせていただきました。
元気を下さって、もう、救われる思いでした。
もう、本当にありがとうございました!
これからも、よろしくお願いいたします^^

Alles Liebe,
漆間 周