「あっつ〜い…」
眼下で流れる川のせせらぎが聞こえぬほど、ねっとりとした熱気が躰中を纏い、不快なことこの上ない。
それを蝉の無秩序な叫びが加速させ、襟髪が項に汗を媒体に貼り付き、ぶんっと珊瑚は汗の玉を散らし首を振った。
すると、視界の端に、何やら後ろに物を隠し、怪しい笑みを浮かべながら、近付いてくる法師の姿を確認した。
(…げ)
恒なら彼の姿が見えないだけで、心を鷲掴みにされる如く不安に駆られる珊瑚だが、この時ばかりは、出来ることならば、彼と共にいることは、否、彼の姿を見ることだけは憚られた。
彼が纏うは黒と濃紫の衣。
蒸す鍋にいる如く、天道が火の如く感じるこの暑さの中、彼にとったら生業なのだから仕方ないのだし、失礼極まりないのだが、正直、今、それを眼にすることだけは避けたかった。
傍にいれば、暑さなんて物ともせず、恒の如く“せくはら”をしてくるだろうことも予想出来、次第に近寄る涼やかな表情に眉を顰めた。
「さ・ん・ご」
「法師さま。お願いだから近寄らないで」
「犬夜叉、かごめが持ってきた“あいす”とやら、冷たくてうまかったのう」
「ったく。ばくばく喰いやがって」
「犬夜叉、それはおぬしじゃろうっ!」
「何だと!?」
「まっ、待て!犬夜叉!あ、あれは一体なんじゃ…?」
「ああ?……!?」
楓の家の軒先で、何やら妖しい黒い物体が踞座している。
「よ、妖怪か!?」
「いや、あれは……」
恐る恐る音を立てぬよう近付くと、
「みっ弥勒っ?」
「やっぱな〜〜」
彼は大きく胡座をかき、首、否、背ごと前に力なく垂らし、この暑さの中、寒気というよりは悪寒を発していた。
悲しみの寒波が眼に見えるようで、それに当たらぬよう、犬夜叉は一歩横にずれた。
「どうしたっていうんだ?てめぇ?」
「かごめに貰った“あいす”を珊瑚に届けに行くんじゃなかったのか!?……わっ、溶けているではないか!」
見れば、法師が両手に握っているカップアイスはだらだらに溶け、木のスプーンがだらんと刺さっている。
「ちかよらないで、ちかよらないで………」
経を唱える如く何かをぶつぶつ呟く法師。
「なんじゃ?何を言っとるんじゃ??」
犬夜叉がぴく、と耳を鳴らし、
「近寄るなだとよ」
その冷気を含む塊を避けるよう、大きく遠回りし、楓の家に身を寄せた。
「ったく、誰があんなんに近寄るかってんだよ」
がーーん
これ以上なく垂れることはないと思われた法師に重石が乗せられる。
珊瑚が言った“近寄るな”の意とはまた違うのだが、その当たり前を考えられる恒の法師ではなかった。
その時…――
さら…と繊細で流れるものが頬を靡いた。
ふ、と鈍い面持ちの顔を上げれば、珍しく小袖姿で髪を結い上げ、申し訳なさそうに顔を歪める珊瑚だった。
「…法師さま、さっきはごめんね。あの、あたし、暑くていらいらしちゃって…。かごめちゃんに貰った“あいす”を持ってきてくれたんだろ?一緒に食べよう?」
珊瑚は、どろんと溶けたアイスを気にかけず、それを法師の左手から受け取り、袖が触れ合う程に隣に座すと、それを口にした。
「ん、おいし。ほら、法師さまも。美味しいよ?食べないよりは涼しいし」
「しかし珊瑚、そんな状態では…」
「せっかくかごめちゃんが持ってきてくれたんだし、その、法師さまも、あたしのために…」
さっと桜色に頬を染める彼女が愛しくて堪らない。
「ああっ!珊瑚!」
暑さも忘れ、溢れる想いのままに、ぎゅぅ、と彼女を抱き締めた。
べちゃっ
珊瑚は反動でアイスを地に落としてしまう。
「あ」
さすがにヤバい、と思ったときには既に遅し、彼女はふるふると震え、冷気、否、妖気をひしひしと発していた。
「こ、こんの変態バカ〜〜っ!」
ばしっ!
「ふんっ。もうあたしに近付くな、助平法師!」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ、珊瑚ーー!」
季節外れの紅葉を頬に浮かべ、墨染めが情けなく揺れる様を、融化する真白いアイスが見澄ましていた。
了
09.7.30
漆間周さん@越殿樂さまへ
「夏の暑さに辟易する二人、ギャグ」
拙宅の3635打記念に感謝と愛を込めて。
タイトルは、あなたに影響がない、効果がないの意。
菜々香@FLAVORTEA
FLAVORTEAさまの3635番を踏みまして、キリリクさせていただいたものです。
超へこんでる弥勒法師が可愛すぎて悶えましたv
そして、さり気無く書いてらっしゃいますが小袖すがたで髪結い珊瑚ちゃんは反則ですよ〜!!
夏の暑さもふっとびました、菜々香さん、ありがとうございましたv
Alles liebe,
漆間 周