ひがんばな

ゆらり、ゆらり、揺らめく影。
烏は巣へ帰る。
西の空は橙に染まり、世界中がその色に埋もれていく。

「おーい、夕餉だよー!」
琥珀が、夫を呼ぶ。
珊瑚は琥珀の後ろに立って、簾を上げ、にこにこと微笑んでいた。

「あ、はい、今行きます」

愛しい人の返事。
彼は、今まで夕餉を作る珊瑚に代わって、洗濯などしていたところだ。
干されたむつきや着物を慣れた様子で取り、彼はふい、と額をぬぐって、こちらへやって来る。

その右手。
白い、右の掌。

――あたしを愛してくれる、家族を包んでくれる、その、かつては呪われていた右の掌。

三人、囲炉裏を囲んで食事をとる。
生まれたばかりのむずかる赤子に、困った表情をしながらも、三人の顔は柔らかい。

夕餉を終えると、弥勒はまだ外も明るいことだし、涼んで来ますか、と行った。
赤子は犬夜叉に任せて、三人、まだ微かに太陽の気配残る外へと出る。

ひぐらしの、鳴き声が聞こえる。

「あ、彼岸花」
琥珀が足元の花に気付き、声をあげた。
三本、そっと手折る。
「はい、姉上、法師さま」
琥珀は二人に花を渡すと、自身はその花をくるくると回して遊んでいた。

「……彼岸花って、あまり縁起のいいものではなかった気が……」
義弟に手渡されたそれを見つめて、弥勒は珊瑚を振りかえる。
どこか切なげなその瞳に、珊瑚はふ、と微笑した。

「縁起がいい悪いは知らないけどさ……あたしはこの花、嫌いじゃない」

「何故?」

「だって……なんだか、懐かしい誰かに会える気がする」

――そう、例えば死んだ父に母に。退治屋の仲間たちに。

しばしの沈黙。

「彼岸、か……」

散歩はあたりが暗くなるのに伴い切り上げ、三人は庵へ戻る。
琥珀は、桶に水をたたえて、そこに一本、彼岸花を差していた。

見つめていた珊瑚がふと琥珀に声をかける。

「あたしのも」

二本、彼岸花。

「……私のも」

黙って弥勒が珊瑚に手渡す。

三本、彼岸花。

三本は少しずつ長さが違っていて。
寄り添うように、支えあうように。
桶にたたえられた水の中、赤を散らしていた。

ふわり、とぬるい風が吹く。

***

「……ご、珊瑚、起きなさい」
「ん……朝……?」

ゆっくり目を開けると、そこには愛しい人の顔があって。
けれど、後光で彼の顔は見えなかった。

「お前、少々寝すぎだぞ。犬夜叉がしびれを切らしてる」

彼が微苦笑した気配がする。

「ま、昨日は疲れたでしょうからね。仕方ありませんよ」
「ん、ごめん」
「何、謝ることはない」

「法師、さま……」
ふ、と彼の体に腕をまわす。
つうと、涙が伝って行くのが分かる。

全ては、夢のせい。
あんなにも幸せな夢を見たのに。
現実は、明日死ぬかもしれない過酷な旅の中。

「何を、泣いている?」

そっと、頭を撫でられて珊瑚は弥勒の肩口に顔を埋めた。

「夢、見たから」
「……辛い、夢か?」

珊瑚は首を横に振る。

「幸せな、夢」

――本当は、法師さまの方が苦しみを抱えていて。自分なんかより、ずっと。

――守りたいと思うけれど、いつも守られてばかりで。彼は命さえ、かけて。

彼の右手を、そっと、両の掌で包んだ。
手甲と数珠の感触。
冷たい。
けれどそれは、それは多分……。

「ごめんなさい」

昨日も、風穴で珊瑚の窮地を救った弥勒。
瘴気の傷は確実に広がっている。
いくら彼が誤魔化そうとも、気付いていた。

彼が、自分に気付いて欲しくないと分かっていたから、気付いていないふりをしていた。

「もう、無理しないで……あたしが、戦う」

蝕まれた傷痕を、右袖からそっと辿って行く。
それはもう、本当に際の際まで刻まれたいた。

「こんなに、無茶して」

「……良い。お前が生きていれば、私はそれでいい」
しばし黙ってから、静かに彼は言った。

「馬鹿!」

涙交じりに珊瑚は叫ぶ。

さっき見た夢。
家族。

「法師さまも、生きてなくちゃ意味がないの!」

――共に生きて歩む道。それが望む幸せの道。

あなたの右腕は、あたしが引き受ける。

ふと、外に目をやった。

朝の光の中、彼岸花が群れるように咲いていた。

――あなたを、川岸に渡らせはしない。

彼岸の花に、誓う心。

あと、もう少し。
あと、もう少し歩けば。

そこに求めた永遠は、ある。


fin.



日記で申しておりました、発掘物です。
リメイク?したところ、全く別の雰囲気になりました。
しかし詩っぽく書いておりましたので、そこはあまり変わっていないと思います。
ああああ、でも全体的にやっぱだめなのですよねf^^;
ごめんなさい、正直もう逃げ出したいです、恥ずかしいです(汗)
しかし書くと公開せずにいられないのが書き手の性で、ははは。
書きなおせばもっとマシになるかと思っていたのですが。
Fantasy!続きのアイデアを拍手で頂きましたので、取り組みますよ。
まあこれはその間の穴埋めということで。
こんなものでも最後まで読んで下さって、ありがとうございました。

2009.06.24 漆間 周