「珊瑚ちゃん!」
ぼーっと村の畑の柵にもたれかかっていた珊瑚のもとに、かごめが駆け寄ってくる。
ん、と珊瑚は体を起こした。
なぜなら彼女が、なぜか竹と紙を六枚持っていたから。
「どうしたの? それ」
新手のお祓いか何かかと思い珊瑚はその細い竹の枝を手に取る。
「七夕よ、七夕。だからみんなでお願いごと書いて、飾ろうと思って」
「たなばた……? 棚幡のこと? 針仕事の上達だろ、あたし達にはあんま関係ないよ。それに、ご先祖さま云々もあたし達は訳ありばっかりだし」
珊瑚の言葉にかごめは苦笑する。
戦国時代での七夕事情は知らなかった。
というのも七夕に五色の短冊に願い事を、というのは江戸時代以降の行事だったからである。
古くは奈良時代に中国より伝来したものだが、宮中行事であり、庶民の間ではあまり行われない。
盂蘭盆会の一部の行事なのだ。
しかし、そんな事情はかごめにとってはどうでも良いこと。
楽しいことが大好きなのは当たり前で。
だからこそ、皆で七夕を楽しみたくて、現代から笹と短冊を持ってきたのだ。
「ま、まあまあ。あのね、あたしの時代ではこの短冊にお願い事書いて、笹に飾るの。それで、夜空が晴れて織姫と彦星が見えたら願いが叶うの」
「ふーん……なんか、楽しそうだね」
笹を手持無沙汰にもてあそぶ。
行事そのものが楽しそうというより、かごめ自身が楽しそう、のように珊瑚には思えた。
「だから、ね? みんな集めて来ようよ」
満面の笑みに珊瑚は逆らえない。
珊瑚も織姫と彦星の伝説は知っていた。
一年に一度しか会えない二人。
その恋に重ねるのは自身の恋。
想うのは彼の人。
だからもし――短冊で願い事が叶うなら。
「分かったけど……犬夜叉はいつものとこで、七宝は雲母と楓さまの庵にいるよ」
「弥勒さまは?」
「……!」
その一言にぎくり、と固まる肩。
「……知らない」
強張った表情に、哀しげな声が漏れる。
「そ、そっか……」
またか、その思いでかごめは珊瑚の伏せられた睫毛を見つめる。
「珊瑚ちゃん、探しておいでよ。弥勒さま、珊瑚ちゃんが迎えに来たら喜ぶと思うよ?」
「……どうせ女遊びでもしてるんだ。あたしが行ったら邪魔なだけだよ」
く、と唇を引き結んで髪をばさりと払う。
――そう、見たくもない。
「で、でも……」
戸惑いを含んだ声が紡がれる。
「やっぱり、弥勒さまを迎えに行くのは珊瑚ちゃんだと思うから……」
旅をしていて分かること。
親友のことなら尚更そうで、彼の人が彼女を必要としているのは明らかなこと。
たとえ女遊びだろうとお祓いだろうと、迎えが彼女だと彼の笑顔は数倍明るい。
「だから……ね?」
お願い、と手を合わせて首を傾げる。
「……しょうがないな……」
苦々しく呟いて、珊瑚は嘆息し、笹をかごめに返した。
「なら、行ってくるよ」
寂しさを含んだその瞳に、ああもう弥勒さまってどうしてこうなの、とかごめは憤る。
行ってらっしゃい、そう答えてかごめは残りの三人と一匹を集めにかかった。
今宵願ふはつねのごと
「ったく……どこ行ったんだか」
暇さえあれば彼はどこかへひょいひょいと行ってしまう。
風のように。
――掴みどころのない。
結婚の約束も、まるで風のように過ぎ去っていくように思えて。
無意識にく、と手を握りしめる。
「はぁ、犬夜叉みたいに鼻が利くとこういう時便利なんだけど」
昼の明るい日差しが鬱陶しい。
どこにいる。
見たくもないが、大方遊郭だろうと思い、そういう場所へと足を進める。
やがて見えてくるのは賑わう道。
茶屋の並ぶ道沿いに三味線の音と女の媚び売る高い声が聞こえる。
やがて、その中に「もう、法師さまったらー」という声を聞いて、珊瑚は立ち止った。
――この店か?
探すのなら、入って呼ばなければいけない。
でも、入れない。
見たくない。
体が、強張る。
正面から入るのも気兼ねする……というか、女が正面から入るものではない。
ので、その道に向けられた障子を、思い切ってばさりと開けた。
ぱたりと止む三味線の音。女たちの声。男の声。
振り返る有髪の破戒法師。
「ほうしさま……かごめちゃんが……呼んでるから……」
直視するに耐えず、うつむいたままで絞り出すように用件だけを告げる。
わかりました、と男の声が聞こえた気がしたが、その時にはもう珊瑚は走り出していた。
「ばか……ばか……ばかーっ! ……っ、はぁ、はぁ……」
走り続けていつの間にか入り込んでいたのは深い森の中。
しまった、と思ったの時はもう遅い。
こんな中、飛来骨も持たずに妖怪にでも出くわしたら危険極まりない。
警戒も露にあたりを鋭い視線で見渡す。
これといった妖気は、ない。
が。
「……っ、わ!?」
突然頭上から舞い降りてきた少女の影に珊瑚は驚く。
だがそこは玄人、すぐさま臨戦態勢に変える。
暗器しかないが……それでもどうにか振り切って逃げられる。
「そんな警戒するんじゃないっちゃ」
愉快そうな少女の声。
黄色に縞模様の露出の高い服で、角が二本ある。
鬼、だろうか。
しかしそれにしても妖気がない。
「お前……何者だ」
構えは解かぬまま、鋭く睨みつけて珊瑚は問う。
「うち? うちはラムだっちゃ」
妖怪は明るい声でにこやかに笑って答えた。
「それより何か悩んでるっちゃね?」
むふん、と笑顔を作る彼女に、珊瑚はやっと警戒を解いた。
「……別に」
「恋の悩みだっちゃ」
「……違う」
「違うって言ったって顔に出てるっちゃ。好きな男が浮気して困ってるっちゃ?」
ふん、と笑ってとん、とラムは珊瑚の額をついた。
「な……」
途端に顔が紅く染まる。
――困ってる。困ってるさ。けど……。
「願い、うちが叶えてあげるっちゃ。一つだけ」
「は、はぁ……それより、あんた何者? 妖気もないし」
「うち? うちは宇宙人だっちゃ。さあ、願いを言うっちゃ!」
「う、うちゅう、じん……?」
意味の分からない言葉に戸惑う。
しかもやたらと願え願えとラムと名乗った妖怪、否、宇宙人は言う。
どうしたものか。
「うちもダーリンのことで苦労したっちゃ。だから気持ちわかるっちゃ」
「は、はぁ……」
「ダーリンはいっつも女の尻ばっかり追っかけまわして……うちのこと、好きなくせにいつでもそうなんだっちゃ」
「……あたし、分かんないよ。法師さまは女好きで。あたしのこと、好きかどうか分からない」
例の宇宙人の切なげな溜息に、つい本音がこぼれ落ちる。
「そう、だから願うっちゃ! 今から日が暮れるまで、願いは叶うっちゃ!」
「……本当に?」
「本当だっちゃ」
にこりと笑って彼女は空でくるりと宙返りする。
「ん……じゃあ……」
乗せられているような気もしないでもないが、本当だろうが嘘だろうが、素直にぶつけたい気持ちが今、ある。
「法師さまに、あたしだけ見てて欲しい……」
囁くようにこぼれ落ちた言の葉。
傷だらけのこの体。
男勝りの性分。
見つめる自分の手指に、足先に、女らしさなどないと自信は消えていく。
「分かったっちゃ! それじゃ、日暮れまで楽しむっちゃよ! ちなみに西へ行けば森は抜けられるっちゃ」
「え、あ、ありがと……」
手を振って空へ消える彼女に帰り道を教えられ、思わず頬が緩む。
全く、奇怪な輩だ。
――あたしだけ、見ていて欲しい。
それは多分、全ての女の子が望む想い。
先程見た光景も相まって出た言葉だが……これがまさかあんなことになるとは思っていなかった。
***
「ただいま」
珊瑚は歩き疲れた様子で楓の庵に入った。
「おかえりなさい」
聞こえたのは、意外な人の声。
「え……法師、さま……? なんで?」
「なんで、って。お前がいるというのに郭で遊んでいる場合ではないでしょう」
――まさか。
あの宇宙人の願い事を叶える、は本物だった?
「そ、そう……」
「またまた、つれないですなあ」
所詮願いが叶っただけで、それは彼の本心ではない。
複雑な思いで珊瑚は彼から目をそらす。
けれど、突然彼は抱きしめてきて。
「ちょ、ちょっと、法師さま……!?」
「すいません、お前だけを私は見るから」
「っ……! ああ、そう……」
真摯に向けられたその漆黒の瞳にゆらりと揺らぐ心。
けれど答えは返せなくて。
嬉しいとも、思えない。
「あのー……珊瑚ちゃん?」
「何?」
抱きすくめられたまま――彼が離してくれないからだ――珊瑚はかごめの方へ顔を向けた。
かごめは立ち上がって珊瑚に耳打ちする。
「ねえ、弥勒さまどうしちゃったの?」
珊瑚もそっとかごめに耳打ちして答える。
「あのね……法師さま探しに行って、案の定郭にいたから、走ってたら森に迷いこんじゃって。そこでなんかよくわかんない宇宙人とかいう妖怪に出くわして。で、願い事を一つ叶えてくれるって言うから……その」
うつむいた彼女にかごめはそっか、成程ね、と頷いた。
「弥勒さまったら帰ってきたなり変だったのよ。珊瑚ちゃんのことずっと探してて。なんだかいつもと様子が違うから犬夜叉も変だと思ってて」
「だよね……今の状況といい」
はぁ、と珊瑚はため息をついた。
やはり、願い事なんてすべきでなかった。
まして、あんなことを。
するなら、もっとささやかなことで良かったのだ。
叶ってみて思う本当の願いの意味。
「おい」
乙女二人の会話に、犬夜叉の剣呑な声が割って入った。
「この妖気……気付いてるか?」
「……!」
全員がはっと顔を上げ、帰らずの森の方向に目をやった。
「妖怪か!」
七宝がぱっと犬夜叉の肩に乗る。
「ああ……しかも結構な妖気だな」
「……四魂のかけらの気配……感じるわ」
かごめの呟きに全員が視線を合わせ、頷く。
囲炉裏端でまどろんでいた雲母もすぐさま変化し牙を持つ妖の姿になる。
「行くぞ!」
「分かった」
珊瑚はすぐさま戦闘服に着替えた。
「うーん、お前はその姿も色っぽくていいですなあ」
ふーむ、と着替えて現れた彼女の姿に弥勒は一人頷く。
「ちょっと、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」
「そうですな……ま、行きましょうか」
「犬夜叉! かごめちゃんと先に行ってろ!」
珊瑚が犬夜叉に叫ぶ。
ただそれだけの行為に、意外なことにぎゅ、と握りしめられた腕。
「え……?」
「例え犬夜叉であろうと、他の男と話すのは許しません」
ぐ、と引き結ばれた唇に、鋭い光を宿した瞳が見つめる。
それはいつも通りの彼の表情と同じ。
嫉妬した時の。
「……法師さま! 犬夜叉だけは仕方ないだろ!?」
「いいえ、だめです」
なお強く腕を握ってくる彼に苛立ち、珊瑚はその腕を振り払う。
「ばかなこと言ってんじゃないよ! 行くよ!?」
「はい」
いつもの如く、雲母に二人またがる。
帰らずの森、妖気の源に近づいて行く間、珊瑚はただ黙っていた。
いくら願い事の結果とはいえ。
――普段べらべら他の女としゃべってるくせに犬夜叉と話すのもだめなんて……! ばかじゃないの!
苛立ちはつのる。
今のこの男は、タチが悪い。
やがて妖怪の元へとたどり着く。
図体ばかり大きな大したことのない妖怪なのは明らかだった。
ただ質が悪いのは四魂のかけらのせいでその妖力が何倍にもなっているということ。
「飛来骨!」
すかさず珊瑚は己の得物を投擲する。
だが、飛来骨は妖怪の体に弾かれ軌道を反れて帰ってくる。
「体を固くしている!? 犬夜叉、気をつけろ!」
雲母の上から叫ぶその声にも、彼の法師は逃さない。
「だから、話はだめと言ったでしょう」
「いい加減にしな! あんたは……あんたは……あたしの気持ちなんかちっとも考えないで……! っ、ぐあっ……!」
振り切った鬼の巨大な腕が雲母に命中し、二人は弾かれ地上に落下する。
すかさず変化して受け止めてくれた七宝だったが、二人のただならぬ雰囲気に、受け止めるだけ受け止めて走り去った。
「あのねえ。今は妖怪退治の途中なんだ! 犬夜叉は仲間だろ!?」
「私はお前が他の男の名を言うのも気に食わない」
「あのねえ……あんた……!」
怒りもいい加減限界に達した珊瑚は平手を喰らわせた。
ぱしん、と響く快音。
「おめえら、そんなことしてる場合じゃねえだろうが!」
「っ、悪い!」
思わず返した言葉に弥勒の表情はますます剣呑にひそめられる。
「……退治ならどうせ犬夜叉がやってくれる。だろう?」
かごめ、四魂のかけらはどこだ、うーんとあそこ! という声と妖怪の唸り声が響く中、弥勒は珊瑚の顎に手をかける。
「は、はぁ!?」
近づく彼の顔に珊瑚は開いた口が塞がらない。
「お前は、私のものだから……」
「……っんぐ……」
塞がれた唇。
横眼で見やるは仲間の戦う姿。
――自分も、やらなければいけないのに。
どうしてこうなった?
その思いに、涙が溢れる。
彼は接吻を止めない。
深く、深く。
どこまでも。
刻みこむように。
「ほ……うしさま……もう……やめ……」
苦し紛れに絞り出した言葉の直後。
弥勒はふいに唇を離した。
「終わったようですね」
「う、うん……」
「残りは私にお任せを。風穴っ!」
ごぉっと言う空気の鳴る音に木々がなびき、妖怪の残骸は全て彼の右腕に消える。
かごめがかけらを回収し、そこまではいつも通りの退治に思えた。
「……さて、犬夜叉」
しゃらん。
錫杖の音。
「あん?」
鉄砕刀も納める隙もなしに振り返る犬夜叉。
無防備に振り返った彼に破魔札が飛ぶ。
「っ……!? 弥勒、何しやがる!?」
「どうにも……お前は邪魔だ」
その彼の行為の理由に気付いたかごめが地面にへたりこんでいた珊瑚の元に駆け寄ってくる。
「これ、その願い事のせい?」
「みたい……さっきからあたしが犬夜叉と話するだけで怒ってた」
――どうすれば?
「願い事は、どうしたら消えるの?」
「あ……! そう、日が暮れるまで、だ!」
二人は西の空を見る。
橙は消え行き、もう濃紺が侵食しつつある。
「もうすぐ……だよね」
「うん」
うなずくかごめ。
「何とかしないと……法師さま、風穴を使いかねない」
「私も、犬夜叉に事情話してくるから」
頼むよ、そう首を縦にふって珊瑚は弥勒を制止しにかかる。
「法師さま、やめて……!」
「仲間だから呼ばないといけないのだろう? なら始末してしまえばいいこと」
「馬鹿言わないで! 目を覚まして!」
――否、呪をかけたのは自分自身だったが。
まさかここまでとは思いもしなかった。
それは、自分の罪だ。
弥勒は珊瑚の制止を振り切り、錫杖をかざす。
犬夜叉も何もしないでいてはやられてしまうことが明らかゆえに刀を振らざるを得ない。
「犬夜叉ー!」
かごめが遠くから叫ぶ。
「あん?」
「おっと、余所見とは余裕ですな」
ふっと不敵に刻まれる笑み。
途端に崩れた体制は弥勒の優勢に持ち込まれる。
「弥勒さま、なんか呪にかかって珊瑚ちゃんのことでおかしくなってるのー! 日が暮れたら切れるから、それまでなんとか!」
「なんとか、っておめえなあ! こいつの本気分かってんのか!? 風穴使われたら俺もどうしようもねえ!」
そして繰り広げられる戦闘。
空はあと、もう少し。
もう少しで完全に夜へ姿を変える。
「お願い……ごめんなさい……ごめんなさい……」
西の空を見上げて、滲ませた涙と共に呟く。
――あたしが、あんな願い事しなければ。
「くっ……ぐっ……」
後悔に俯き零れた涙は地面に吸い込まれて行く。
その時。
「うおぁ!?」
犬夜叉が突然意識を失った弥勒を受け止めた。
日は、暮れた――。
***
「さて。気を取り直して、短冊、書くわよ!」
仁王立ちになり、おーと手を突きあげるかごめ。
一行のそれぞれ――雲母も含む――の前には一枚に短冊と筆。
「えっと、あたしの時代では七夕に短冊に願い事を書いて、それでその夜星が見えたら願いが叶うの! てことでみんな、よろしく」
「天河之東有織女 天帝之女也 年年机杼勞役 織成云錦天衣 天帝怜其獨處 許嫁河西牽牛郎 嫁後遂廢織切 天帝怒 責令歸河東 許一年一度相會?」
弥勒の呟きにはい? とかごめが答える。
漢文ゆえに意味が分からない。
「七夕伝説の言い伝えでしょう? 年に一度しか会えない織女と牽牛」
「そ、そうだけど」
「……切ないものですな」
ふーむ、と唸って筆を構える弥勒。
「おめえ年に一回しか女の手握れなかったら嫌だー、とか思ってんだろ」
すかさず犬夜叉が茶々を入れた。
「いいえ、おなごの手くらいは我慢いたしますが、我慢できないものもありますな」
「ほーぉ、言ってみろよ」
短冊に何やらがしがしと乱雑に書きながら犬夜叉は言う。
「珊瑚」
弥勒の即答に、はっと全員が顔を上げた。
「ほ、法師さま、まだ呪とけてないの……?」
「そりゃあ、奈落を倒さないと風穴は……」
右手を差し出す彼に珊瑚は詰め寄る。
「違うっ! さっきまでのこと。覚えてないの!?」
「さっきまで……? はて」
思い出せませんなあ、と呟いた声に犬夜叉が怒る。
「てめえ、俺にあんだけやっといて覚えてねえたあなんだ!」
「待ちなさい、何の呪かは知りませんが覚えていないものは仕方ないでしょう。お前に何かしたというのなら謝ります」
はぁぁ、と全員が嘆息する。
「あのねえ、弥勒さま、珊瑚ちゃんだけを見るようになって、それでオカシクなってたのよ」
「はあ? 私はいつも珊瑚だけを見ておりますが」
とぼけた表情で頭をかく弥勒。
「……もう、あほらし」
ふん、と息をついて、珊瑚は短冊にさらりと何やら書いた。
やがて全員が短冊を書き終えた。
雲母は足跡を押しただけだったが。
そしてかごめが短冊を飾り、夜空を見上げる。
「うわああああ……星、見える!」
かごめは嬉しそうに笑った。
「願い、叶うといいね、珊瑚ちゃん」
「……はぁ、なんかもう願い事なんていい気がするけど……」
「で、で? 何て書いたの?」
興奮気味に珊瑚の短冊を覗き込む彼女を、珊瑚は慌てて制止する。
「だ、だめ! 見ちゃ、だめ!」
「ふっふーん。じゃ、あとは二人っきりで。話すこと、あるでしょ?」
にこ、と笑い手を振ってかごめは庵に入った。
***
「法師さま……」
風に笹の葉が揺れる。
「あのね……あたし法師さま迎えに行って、郭にいたの見て……悔しくて……走ってったら迷っちゃって」
「ああ……先程かごめさまから話は聞いた。お前に酷いことをしたな。私が、悪かった」
「え?」
低く甘く囁いた声に珊瑚は意外そうに顔を上げた。
にこりといつものように微笑む彼の姿がある。
「法師さま……あたし、止めたよ。あたしだけ見てて、なんて」
「なぜ?」
「だってさっきの法師さまが嫌だったから。まあ願い事のせいかもしれないけどさ」
くすり、と苦笑に似た笑みを珊瑚は浮かべて、空の天の川へ手を伸ばす。
「願い事なんて、自分でつかむものだよね」
「私は、お前だけ見ているつもりだったのですがね」
普段の行いが悪かった――。
「ごめん」
きゅ、と彼の袈裟を握り締めて呟く。
弥勒は珊瑚の頭を撫でた。
「お前は、悪くない」
頭上から降り注ぐ、優しい声。
「で、短冊には何と書いたのですか?」
「ん……それはー……秘密。法師さまは?」
二人、夜空を見上げる。
織姫と彦星は出会えたろう。
こんなに美しく晴れた夜空なら。
間を横切る天の川をかささぎが渡してくれるのだろう。
「ふーむ。なら、私も秘密です」
に、と笑う顔がそこにあって。
「ず、ずるいって! さっきあんなに暴走してたくせに!」
「それとこれとは関係ありません。お前が秘密なら、私も秘密にします」
「教えてって、ねえ!」
む、と頬を膨らませて彼女は法師に顔を近付ける。
「んー……ならば」
「……!」
塞がれた唇。
それは、本物の愛の接吻。
甘く囁く優しいその瞳。
一瞬にして真赤に染まる顔に、法師はまだまだ初心だな、とからかう。
珊瑚はほんのりと温もり残る唇を人差し指で押さえた。
心のどこかが、熱を宿したように軽く弾む。
見上げる夜空はつかめない程に高い。
短冊の効果など分からないが――願いは、自分で掴むんだ。
伸ばした手がく、と握りしめられる。
ふわり。
夜風が吹く。
心地よく響く笹の囁き。
揺れる黒髪に、彼の指が絡まる。
よりそう二つの影は、どこまでも柔らかい。
本物の、愛おしい時間。
そう、それでいい。いつも通りで、いい。
――あなたといつまでも一緒にいられますように。
――お前といつまでも共にいられるよう。
願いは、ささやかでいい。
本当に望むものは、自分で、掴みとれ。
fin.
こんばんは、漆間です。
七夕小説は当初は予定していなかったのですが、いつも拙宅に来て下さっているHARUさまから素敵なリクエストをいただきまして、書かせていただきました。
一気書きでこの長さは初めてです。
いや、いつも短いからか。
タイトルは有名な七夕の和歌を加工して「つねのこと」の部分に「いつも通りの二人」の意味をかけてみました。
最後の方が肝心なのにぐだぐだ……。体力がもたなかったさ……。
ラムちゃん出したのは趣味です(笑)
イージュライダーさまのネタと少しかぶってしまうのですが、盗作ではないことをご了承ください。
そして、七夕に関する時代考証は超適当なんでご容赦下さい。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。
2009.07.07 漆間 周