夜の帳が落ちる。
月が傾き、虫の鳴く声に二人は刻限が迫ったことを知る。
うん、と頷き合い、二人は立ち上がった。
「では犬夜叉、行って参ります」
「俺あ助けに行かねえからな」
「心配ご無用です」
ふ、と不敵に笑う弥勒にでも、とかごめが反論する。
「やっぱり……危ないんじゃ」
「大丈夫ですよ、珊瑚も雲母もおります」
「やーめとけ、口じゃこいつにゃ勝てねえよ」
犬夜叉の一言にかごめはうん、と口をつぐんだ。
宿から出て行く二人を、犬夜叉は鉄砕刀を抱え胡坐した姿勢のまま、横眼で見送る。
彼とて、冷酷ではない。
もし何かあればすぐに気付く。
それを見越して二人に任せたのだ。
「あいつらだったら、大丈夫だ」
「そうなの?」
「ああ」
――犬夜叉、なんか変わったなあ……。
友の恋路ばかり見ていた自分に、かごめは自身の恋に引き戻される。
この優しさも、自分が変えられたものだったら……どれだけ幸せだろうか。
仰ぎ見る月は満月。
不穏なぬるい風が、森から吹き抜ける。
***
雲母の着地。
そこは昨日と同じあの場所。
「ここ、ですな」
「ああ。妖怪は一匹。音を使って相手に幻覚を見せる。でも……」
「今の我々には幻覚など通用しない、ですな」
「ああ、そういうことさ」
ふ、と互いに背中合わせに笑う。
飛来骨と錫杖を構える二人。
ばさりと、鳥が飛び立つ。
やがて聞こえ始めた笛の音。
「始まりましたか」
「そうみたいだね」
ぐらり、と。
視界に何かが侵入する。
そして、見えるようになった世界。
――だがこれは、全て幻。
「法師さま、分かってるよね」
「ええ、気配だけを辿って」
見える世界で、昨晩と同じ黒い翼の妖が攻撃をしかける。
だが、弥勒も珊瑚も動かない。
所詮幻、ぶつかったと思ってもかすり傷一つ負わないのだ。
今はただ、この状況に妖怪本体が現れるのを待つのみ――。
どれだけの時間がたったろうか。
近づき始めた笛の音に、二人はに、と口を歪ませる。
「この視界、返していただきますよ」
「ああ……そこだっ! 飛来骨!」
瞬時に動いた腕は飛来骨を投擲する。
森の木々がめきめきと倒れる音がして、風の音と共に、戻ってくる。
――大丈夫、見えなくったってこの長年の得物なら使える。
来るはずの場所に腕をかざして待てば、思った通りに飛来骨は帰って来てくれた。
――ははは、あははははははは……。
森に木霊する妖の声。
――翼あるものにそんなもので攻撃できるとでも思ったの、そこの女。
幼い少女のような声が響く。
「雲母、分かっているな」
弥勒はかがんで、雲母に右腕をくわえさせる。
そして珊瑚はその雲母の支えに回る。
「もっと近づけ……場所が分かるまで」
待つのは、正直辛い。
が、この妖怪を退治するにはこれしかない。
ちらちらと見える景色は全て幻。
幻と信じなければ、思わず動きそうになる腕が、足が邪魔をする。
やたらと神経を消耗する時間に、二人はただ息をひそめた。
互いの存在を信じて。
そして、さらに近付く音色。
もう妖気が特定できる場所にある。
――今、だ。
弥勒は封印の数珠を解き放った。
「風穴っ!」
――何ィ!? あたしの場所が分かるのか、こいつ!
ばさり、ばさりと風穴から逃げるように羽ばたく音が聞こえる。
だがそれもつかの間。
この呪われた右腕から逃れられる妖怪は、いない。
――やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
断末魔の悲鳴と共に、退治は終わった。
すぅ、と二人に正常な視界が戻る。
「あ……満月」
妖気のない、ありふれた暗い森。
精神的消耗がひどかったのだろうか、珊瑚は一言呟いてぱたりと倒れた。
優しく微笑んで弥勒は珊瑚を抱きとめる。
変化したままの雲母の傍ら、弥勒もまた、満月を見上げた。
「よく、頑張ったな」
子供をあやすように零れた一言。
しかし、自分もまた。
こうして、本当に珊瑚の姿が見れて――それは、何とも言えず――。
つ、とこぼれた涙。
無意識ゆえに自嘲の笑みが零れる。
「俺はそんなに珊瑚が見えなくて不安だったか?」
だが、見えなかったから、見えたものが。
今、ここに。
――私は、一人では歩けぬよ。お前が見えないだけでこんなにも不安になるのだから……。
弥勒は一人、一日ぶりに見ることが出来た想い人の姿を見つめ、衣の袖で涙を拭いた。
fin.
当初はこの長さを予定しておりませんでした。
でも伝えたいことを書こうと思ったら、この長さが必要で。
後編どころか中編まで(苦笑)
東方の曲からイメージして始まり、弾幕よけてたら戦闘シーンが書きたくなったもので。
見えないから見えるもの、それが何かは、人によって違うと思います。
読んでいただけて、そのことをそっと考えていただけたらと思います。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。
2009.07.19 漆間 周