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Dirty Desire

I love you long time
During my 9 to 5,I'm thinking 6 and 9s
I've gotta make you mine

Dirty Desire

見てしまった。
いつものアレを。
村娘に囲まれて、他愛のない話に人当りの好い笑顔。
さり気無く手なんか握って……。

――もうっ!

いい加減にしろ助平、生臭、女好き、変態……!
渦巻く怒りに飛来骨でも投げてやろうかと思ったが、村娘にどんな目で見られるか分からない。
無論、あの輪に入って行って「いい加減にしたら?」なんて言う度胸も、今はない。
こぶしをわなわなと震わせ、さながら鬼火でも出そうな顔で、それを見つめていたら、フ、と何かが己の中で崩壊していくのを珊瑚は感じた。

それは何か諦めに似ていて。
とても空虚で。
そう……胸の内に風穴の開いたような。

今までになく沈鬱な表情で彼女はうつむいて、くるりと踵を返した。
向うは今晩の宿。

ごうごうと、胸の内に風が渦巻いている。
なのにその風は静かで、彼女に涙さえ流させてくれない。
苦しい、と思った。
何か塞ぐものが欲しくて、そっと胸に手をあてた。
でもそんなものは気休め。
気休めでも何か頼れるものが欲しくて、彼女は胸に手をあてたまま、宿に帰った。

「あ、おかえり〜、珊瑚ちゃん」
かごめが普段と幾分変わらぬ笑顔で出迎えるが、すぐに珊瑚の表情に気づいたのか、心配そうに顔を曇らせた。
「……どしたの? また弥勒さまと何かあった?」
優しく気遣う声。
でもどうしてだか、それさえ心の中をすり抜けていくようだった。
いつもなら「何でもないよ」って笑って返すのに。何も、返せない。

――聞かない方が、いいのかな……。

どうやら触れない方がいいらしい。
そう判断したかごめは、「もうすぐ夕飯だからね」とただ優しく微笑んだのだった。

無言で珊瑚はそっと障子を開けて縁側に出る。
初夏の温かいとも冷たいとも言えない、微妙な風が吹いていた。
なのに自分の中の風は……氷の刃のように、冷たい。
どうしてだろ。
またそっと胸を押さえて珊瑚は目を瞑った。
法師さまの女好きは今に始まったことじゃない。
元来そういう性分なのだろうし、結婚を約束したとは言っても止める気配はない。
ふらふら、ふらふら、と足をふる。
生温い風が素足を嬲る。

やがて珊瑚はその場でぱたりと横になった。
虚ろに、軒を見つめて。
雲母が心配そうにどこかから見ている気配がした。
でも今は、雲母の慰めも要らないと思った。

なぜか心中の風は止まなくて、冷たくて。
見つめる景色は灰色で。
どこもかしこも、自分を疎外していて。
水底にいるようだ。
息も苦しい。苦しい。

――嫌だ、こんなの。

もう何もかも鬱陶しくて、どうでもいい気がして。
もう、瞼を閉じて何も見ないようにしようと、思った。

***

「……ごちゃん、珊瑚ちゃん!」

どうやら縁側で眠ってしまったようだった。
かごめが上から覗き込んでいる。

「ん……」

「目、覚めた? こんなとこで寝てたら風邪ひいちゃうよ? 夕飯、食べる?」
かごめの問いに、珊瑚はゆるゆると首を振った。
今は何も要らない。
何も、受け付けない。
「……それじゃあ宿の人に一応置いといてもらうから……気が進んだら、食べてね」
こくん、と。
ただ頷き返してまた瞼を閉じて横になる。
目覚めた途端にまた冷たい風が吹いた気がした。
寝ていたら、これを感じないですむから。
「珊瑚ちゃん、こんなとこで寝たら風邪ひいちゃうよ。部屋、入ろ?」
またこくん、と。
頷いて立とうとしたら足元がふらついた。
あわててかごめが支えに入る。
「珊瑚ちゃん……ホント、大丈夫? 歩ける?」
まるで大怪我でもしたみたいだ。
そう思ってかごめは彼女の瞳を覗き込む。

――何にも……うつしてないみたい……。

これは何か余程のことがあったに違いない、とかごめは一人納得した。
例えば、琥珀くんのこととか。

とにかく彼女を部屋に連れて行き、布団に寝かせた。
足取りも力なくて、横たわった時もぐったりと全身の力が抜けたようだった。

弥勒さまのことでこんなに落ち込んでる珊瑚ちゃん、見たことない……。
ひょっとして妖怪の毒とか、そんなのかな。
相談するには犬夜叉は物足りないし、七宝ちゃんはんーと、まあまだ子供だし……やっぱり相談するなら弥勒さまかな。
珊瑚ちゃんのことだし。

まさか実際は弥勒のせいなのだとは知らずに。

一人眠っている珊瑚を尻目に、かごめは考えをめぐらせていた。
こんな風になるなんて、弥勒さま絡みじゃありえない。そう思い込んで。

***

夜の帳がおりたあぜ道。
蛙と虫の声がうるさい程に響く。
その道を弥勒は一人歩いていた。
しゃらん、しゃらん、と涼やかに錫杖が鳴る。
時刻はとうに真夜中を過ぎている。
で、当の法師はこんな刻限まで何をしていたかと言えば、単に郭に出かけていただけであった。
彼にとっては単なる遊びにすぎないが、仲間にとっては不謹慎極まりない。
特に結婚を約束した珊瑚にとっては。

怒りも露に起きて待ってでもしているだろうか。

まだ村娘の相手はいい。
だが郭となれば事は違う。
それは実際に交わるということを意味するのだから。
無論、罪悪感はあった。
けれど、止められないのだ。
村娘の相手は半分、弥勒にとっては愛しい人をからかう遊び。
だが、風穴がこんなにも鳴る日は、誰かの肌を求めずにはいられない。
一人で旅をしている時もそうだった。
こんなことでしか不安と恐怖に打ち勝てない自分に弱さを感じもする。
まして大切なおなごがいるというのに。
裏切りだと分かっている。
けれど、風穴の恐怖を安らげるために珊瑚を……珊瑚を求めることなど。
それは愛などではない。
ただの玩具だ。
気高い彼女をそのように穢すことなど、出来る筈がないのだ。
結果、こうなる。
また彼女を怒らせ、悲しませ、苛立たせ。
溜息をつく気も起きぬ程、弥勒は後悔していた。
どんな顔で話せばいいか……どう、謝ればいいか……。

そうこう思案をめぐらす内、宿に着いた。
部屋に近付くと皆寝静まっている様子。

――どうしたものか。

犬夜叉は入ればてめぇどこ行ってやがったという表情で睨みつけるだろうし。
どうやら珊瑚も眠っている様子。
これは中に入りづらいことこの上ない。

諦め半分、弥勒は縁側で錫杖を抱えて眠ることにした。

***

「ん……」
起きた。
起きてしまった。
目覚めた瞬間から、また冷たい風が駆け抜ける。
息がつまる。
珊瑚は虚ろな目をあけてあたりを見渡した。
犬夜叉は鉄砕刀を抱えて眠り、かごめは布団の中、七宝と雲母は折り重なるように眠っている。
でも……彼の、褥だけ空だ。
ああ……郭にでも行ったのか。
落胆もしなかった。
けれど自分の中に浅ましい思いが駆け巡ってくる。

郭に。
他の女を、抱いたの。
他の女と。
他の、他の、他の女と……。

あの人はわたしの人。
他なんて許せない。
わたしだけ。
わたしだけ。
触れていいのも見ていいのも声を聞いていいのも全部全部、わたしだけ。

それは狂気にも似て。
虚ろな目が、仄暗い光を灯す。

その瞬間今まで以上の苦しみが珊瑚を襲った。
もういっそ誰にも触れさせないように彼を殺してしまいたい、なんて思うくらいに。
室内は息がつまって、なんだか苦しい。
外に行けば、少しはましかも。

そう思って、珊瑚は縁側に出た。

瞬間。

彼の人が自分を見上げていた。

――ああ。

今、一番見たくなかったものを。

それはお互いの思いだったかもしれない。
けれど、先に声をかけたのは……。

「珊瑚」

眩暈がしそうだった。
ごうごうと、自分のなかで穢れた狂気が増して行くのが分かった。
伴って、今まで不思議と出なかった涙が溢れ出す。

「こ……の……」

咄嗟に彼にくってかかった。
首を絞めたくなる衝動。
ただ狂気に任せて、珊瑚は己の細い指を恋人にかけていた。

「さ、珊瑚!?」

ゲホッ、と苦しまぎれに弥勒が指を外そうとする。
だが存外にその力は強く、どうにも離れない。
本気で絞め殺すつもりか?
けれど彼女はぽろぽろと涙を流している。

何故。

「さ……ん、ご、とにかくこの手を放しなさい……!」

優しくしていては本当に絞めつける指を緩めてくれそうになかったもので、弥勒は申し訳ないと思いながらも珊瑚もろとも吹き飛ばす勢いでその指をほどいた。

「っ……!」

ばたっと倒れても珊瑚はなお法師に縋った。
涙を流したままで。
袈裟に手をかけた。
無理やりに引き剥がした。
次は墨染の衣を。

彼の上半身があらわになった時、鎖骨のあたりにまた、見たくないものを見てしまった。

情痕。

悔しくて。
悔しくて悔しくて悔しくて。

無我夢中でその上に唇を添えた。
噛みちぎるような勢いで、ただひたすら唇を寄せ、吸い、ただ何度も何度も、その薄い情痕の上に自らのものを重ねていく。
薄い桜色だったそれは、もう彼の袈裟くらいの赤紫に変色していた。

「さん、ご……?」

涙を流しながら懸命に、縋るように口づける彼女が妙で、弥勒は眉をひそめる。

「お前……どうした?」

「……お前が……お前が……お前……は……わたし、だけ、の……」

見つめた珊瑚の瞳に狂気の色を感じて、弥勒ははっと息を飲む。

――おれは、珊瑚をここまで追い詰めてしまった、か……?

「珊瑚、落ち着きなさい」
「わたしだけの……」
「珊瑚!」

パシン、と乾いた音。
それはいつも珊瑚が弥勒に振るうものではない。
目を覚ませ、と。
弥勒が、心痛ませながら振るった、平手。

「すまなかった。私がどう謝ってもお前には届かんかもしれんが……すまなかった。お前というものがありながら。また、自分の弱さに負けて……」
「ほうし、さま……?」

狂気の色の消えた瞳に、弥勒はほっと安堵の溜息をつく。

「お前をそんな風に……狂ったようになるまで追いつめてしまったとは思わなかった。すまない」
「法師さま……?」
「風穴が鳴ると心細くなる。つい女の肌で恐怖を紛わせたくなる。けれどお前にそんなことを求めたくないのだ。言い訳をしてるのではない。ただ…私の心が弱かっただけだ」

「珊瑚……すまない」

懸命の、ありったけの想いを込めて。
彼女の女性らしい軽く柔らかな体を抱きしめて。
抱き、しめて。

「すまない……お前だけを愛している……なのに」
「法師さま……」

不思議と胸の風穴が塞がった気がした。
温かい心が充ち足りて行く。
けれど残るは……一抹の、寂しさ。

「お前ほど……傷つけたくないおなごはいない。すまない……おれが、弱いから」
「なら……」

珊瑚は涙ぐみながら自分を抱きしめる法師の耳元に口許を持って行く。

「私を、抱いて?」

それは先ほどの狂気の続きのようで。
寂しさを埋める空しい手段のようで。
ただ愛情を確認したいだけの稚拙なままごとのようで。

「私を、法師さまのものにして」

囁くように。
弥勒が今まで聞いたこともない程に、艶のある声で。
彼女は、誘う。

「しかし……珊瑚、お前」

呪われた右手でなど抱きたくない。

「私は、法師さまのもの。法師さまも、私のもの」

だから、と。

自らしゅるり、と帯をほどき、小袖を肌蹴させる。
一気に腕を抜き取って、その玉のような肌を露にさせる。

「早く……法師さま」

誘う両手で彼の肩を抱き、そのまま引きよせる。
縁側だって構わない。
私があなたのものという証拠になるなら。
あなたが私のものという証拠になるなら。

「さん、ご……」

その姿があまりにも妖艶で。
それでいて寂しさに儚く消えるようにも見えて。

まだ、と思う気持ちも裏腹に、法師は彼女に口づけた。

「ほら、もっと……」
「え、ええ……」
「全部、脱がせていいんだよ?」

ふふふ、と妖艶に笑む彼女。

ふわり、と。
初夏の生暖かい風が吹いた。

ただ二人の男女は、お互いの証を求め合って身をむさぼりあった。

――こんな形で、すまない。

ただ詫びの思いだけが彼の心に渦巻く。
募る愛しさと比例するかの如く。


二人を見守るは、天上の月のみ。

<了>

冒頭の英文及びタイトルははUtadaのDirty Desireより。
ヤンデレな珊瑚ちゃんです。
一度やってみたかったもの。
愛は狂気、嫉妬も狂気。
まあ一応初夜という設定になっております。
詳細?はいつか裏が作れたら書きたいです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。

2009.05.15 Syuu Urushima