不器用なわたしたち《あなたに会える》

祝言を上げて、杯をかわす。
たったそれだけの行為が、区切りになってくれればよかった。
けれど三年共に旅して、行灯の火が消えないように、そっとあたためて来た感情だった。
だから、いつその灯りをかばう手を外していいのかが分からない。
告白、旅の集結、祝言、機会は確かに訪れた。
けれどいつも、その手を外していいのか迷って、迷った挙げ句にやはり外せなかった。

――どうすればいい。

弥勒は横になった妻に背を向けて、思索にふけり胡座した。
珊瑚の黒髪が無造作に散る。少々肌蹴けた白い夜着の中で胸がゆっくりと上下する。

一瞬差した月明かりに、瞼の紅が鮮やかに煌めいた。
夜着の白とその紅が、彼女の白い肌と初めての行為の鮮血を思い出させる。

「……なあ、気持ちをどう伝えれば良い? そういうのには、不慣れなんだ、私は」

一人呟いた。
誰も聞く人がいないことが逆に今晩は嫌だった。
満月だけが空中で踊る。
薄が揺れてささやかな音楽を奏でた。

目をつむれば、その薄明るい暗闇で踊る珊瑚の姿が見える気がする。
白い、死装束のようにさえ見える夜着を翻して踊っている。
法師さま、と笑って手をさしのべる。

空想に過ぎなかった。
けれど、その画が救いのように降り注ぐ。
そうか、手を取りさえすれば良かったのだと自分で納得して弥勒は薄く微笑んだ。

灯火から手を離して良い?
お互いその時間を測って、測って、息を揃えようとしていた。

二人揃えば消えはしない。
その自信があったから、だから手と手を取り合って、息をそろえてその火を合わせればよかったのだ。

共に踊るように。

ずるりと衣が質素な床板に擦れる音がした。
法師さま、という掠れた声で弥勒は彼女の方を振り返る。

「月が綺麗だね」
「ああ」

そっと肩に回された手に手を重ねて、弥勒は呟いた。

「私で、良かったか?」
そうして弥勒は答えを期待している。
意図する答えを期待している。
卑怯にも人に近づけない性格を生まれの運命のせいにして、それでも人だから心は誰かを求めて止まない。
「当たり前だよ」
にこりと穏やかに笑ってくれた珊瑚に満足して力の限り抱きしめる。

「法師さまこそ、私で良かったの?」
こんなにも愛情たっぷりに抱きしめているのに、と弥勒は苦笑した。
「お前は……いや、私もか」
不安がって、自信がなくて、愛情の確認が上手く出来ない。
のは、珊瑚の方だと思っていたら、自分の方がよっぽどひどかったのだから、と。

当たり前です、と応えてそっと頭を撫でると珊瑚は嬉しそうに目をつむって、珍しく自分から唇を寄せてくる。
しばしのためらいの後、弥勒が求めるのでなく受け入れるように己の唇をそこに重ねた。

体温と体温が眩しい。

月明かりの下、御簾の影がゆらりと揺れて、二人の男女が音もなく重なる。

今、分けられていた灯火がやっと一つになった。

これが自分たちの本当の祝言なのだと、二人は手を繋いだまま、薄白く揺れる薄を見た。
寄せ合う肩と肩がこんなにも確実なものだったなんて、今まで知る由もなかった。

不器用な、わたしたちだったから。


fin.



不器用なわたしたち、連作終了の弥珊編です。
弥勒独り語りに寄っていますが、これでも弥珊ということで勘弁して下さいー。
二人にとっての厳密な祝言というのが、子供が産まれるまでの過程で非常に曖昧なものだなあと感じておりまして、それを自分なりに捏造しました。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。

2009.09.16 漆間 周