金木犀に霜月の風

金木犀の花の甘い香りが回る。
目も回る、心も回る。
良い香りだと思うのだが、近付けば近付く程に香りが濃厚で、眩暈がする。
この花は散るのが早い。
だから、風が吹くと勿体無いのだ。その香りに元の橙の花弁が飛んで行くから。

珊瑚が嬉しそうに香りを堪能している。
寒くなったこの時期、花に触れようと伸ばす指先も冷える。
その指先を冷えるでしょう、と弥勒が掴んで、珊瑚は顔を上げた。

「ん……」
「何です?」
「別に」

指先を掴んだまま、弥勒はくすくすと笑って、きゅ、と指先を折り曲げた。

「あったかいでしょう?」
「……まあね。行こうか」
「ええ」

二人が肩を並べて一行の元へ向かう。

その後ろに風が吹いて、金木犀の花弁を散らして行く。
濃厚な香りは二人の体に染み付く。

犬夜叉にお前ら同じ匂いだぞと指摘されて、弥勒と珊瑚が顔を見合わせる。
その傍に、巫女姿のかごめが寄り添う。

庵を結んだ二人の男女。
ただやわらかく時間が流れる。

霜月の風さえ、暖かい。
金木犀が甘い香りだから。


fin.



SSです。煩悩部屋行きの長さなんですが、煩悩じゃないので、こちらに。
金木犀は江戸時代に外来したものらしいんで、戦国時代にはないらしいですが、どうしても使いたかったので使いました。
何というストーリーもない、日常の断片のような。
時間軸は、すべてが終わった後ということで。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。

2009.10.22 漆間 周