信じてる

「雲母! 雲母!」
何やら七宝の騒ぐ声がする。
みぃ、と答える猫又。
「良いところを見つけたんじゃ! 蓮華の花がいっぱい咲いておるぞ!」
一緒に行こう、行こう、と雲母に催促する。
み、と一声鳴いて雲母は主人の元へ向かった。
どうやら主人も連れて行こうということらしい。

「雲母、どうした?」
「珊瑚、出かけようぞ! 雲母は一緒に行こうと言うておるのじゃ!」
「そっか。じゃあ……、ま、することもないし、行くよ」

と、法師の姿を探すのだが。
――いない。

まあいいか、と二匹と一人で出掛けることにした。

***

そこは村はずれの河原だった。
蓮華が一面に咲き誇っている。
「うわー……きれいだねえ」
「じゃろ? おらが見つけたんじゃ」
「へぇ、お手柄お手柄」
足元で一折、蓮華の花を差し出す七宝に、花を受け取りながら頭を撫でてやる。
「かごめちゃんにもつんでいってあげようか」
「そうじゃの! それは名案じゃ」
「……お、犬夜叉?」
「へ?」
七宝の声に促されて見れば、こちらにひょいひょいと飛んでくる犬夜叉の姿があった。

「犬夜叉! ちょうどいいとこに来たね」
「おう。お前ら何してんでい」
「いや、七宝が出かけようって言うからね。かごめちゃんはまだ帰って来ないの?」
「ああ、明日帰ってくるとか言ってたな」
ふふ、と珊瑚は笑って言う。
「あんたは向こうには行かないの? いっつも行ってるくせに」
「や、まあ。てすとー、の勉強が何だとかで俺ぁ邪魔らしいからな」
「ふふ、らしくない、あんたも少しは気を遣うんだね」
「少しは、って何でい珊瑚」
「ほんとのとこでしょうが。それよりね、かごめちゃんに花摘んでいってあげてよ。きっと喜ぶから」
「お、おう……」

そして一人と二匹は花畑で横になりながら過ごすのだった。
犬夜叉は不器用そうに花を一本一本摘んでいたが。

その様を見て珊瑚がまた笑う。
「あんたほんと不器用だね。そんなにぶちぶち千切っちゃだめだろ?」
あははははは。
「でぇーい、弥勒の野郎みていにな、器用にそんな真似ぁ出来ねえんだよっ!」
「でもあんたも浮気者ってとこは一緒かもね」
「おい、こら珊瑚いつからお前そんな達観したようなこと言いやがるようになった」
むすっと顔を膨らませた犬夜叉が、微笑みを浮かべる珊瑚を見返す。
「あんたは二股。どっちにも恋心があるってのがタチ悪いねえ」
「ほーぉ、じゃあおめえ、弥勒のやつが他の女に本気になってねぇか自信あんのか? 現に今だっていねーじゃねえかよ」
鋭い犬夜叉のつっこみに一瞬珊瑚は顔を曇らせる。
けれどそれは一瞬で、すぐに決意をこめた表情に変わる。
「あたしは……約束したから。自信はないけどね。でも……信じるしかないから。あたしは信じてる。法師さまのこと」
「お前……変わったな」
「そう?」
くすくすと笑ってなお珊瑚は続ける。
「でも犬夜叉、もしかごめちゃんが二股かけたら?」
ぎくっ、と犬夜叉の背筋が凍る。

それは……。

無意識に甘えていたかもしれない。
かごめは俺のもんだ、と。
だから当然、かごめは俺しか見てねえ、と。

一瞬、脅えに似た陰りが犬夜叉の顔にさしたのを見て、珊瑚は言った。
「大丈夫だよ、かごめちゃんは真っ直ぐな女の子だから。二股なんかかけない」
たとえあんたがしても、仕返しにそんなことするような子じゃない、と。

「ホントか?」
「ああ。あたしが言うんだからほんとさ」
「そうか……」
「子供みたいな法師さまは、もしあたしが浮気なんかしたらやり返してくるだろうけどね」
自嘲めいた笑み。
「いやー、あいつはその浮気相手ぶっ殺しに行くぞ?」
「そうなの?」
「ああ、多分な」
「ふぅーん……そういうひと、か」
すぐ側の蓮華の花を摘んで、くるくると指先でもてあそびながら彼の人を想う。

――あたしは信じていい?

今だっていないのに。

「なんだ、おめえこそさっき偉そうにぬかしたくせにあんま信用しきれねえってツラしてんじゃねえか」
「仕方ないさ」
「弥勒のことだしのう……でもおら、弥勒は珊瑚に惚れこんどると思うぞ」
「そう?」
「じゃて、今おらぬのは近くの市に行ったからで何やら珊瑚に買うものがあるとか言うておったぞ」

――え?

手元の蓮華が止まる。

――そうだったのか……。

自然と微笑がこぼれる。

――信じて、いいみたい。

たったそれだけで胸躍るのが乙女というもの。
珊瑚とて例外ではない。

「犬夜叉」
「あ?」

「信じる、だけだよね」

「……ああ、そうみてえだな」

「あんたも、だよ。さて、十分に摘めたみたいだし、帰ろうか?」

二人と二匹は帰路につく。

愛する人に――まみえるために。

<了>

恋愛に付きまとう不安。
嫉妬も疑惑も、深みにはまると抜けられない。
狂気の域まで達して行く。
だから「信じる」こそが愛に応える最高の術だと思うのです。
ここまで読んで下さってありがとうございました。

2009.05.15 漆間 周