Fantasy!

上空から見ると良く分かるかごめの国。
急ぐ足音に初夏の風が髪をなぶる。
出かけた時には全く違う世界かとも思ったが、風も水も同じなのだ。
そして、青い空はほとんど変わらない。

下から見上げて指を差されることには気付いていたが、それを無視して珊瑚は雲母を走らせた。
火炎を纏って猫又は空を駆ける。
少し伸びた前髪が鬱陶しい。

下界、に紫の姿を探す。
人の足なのだから、さほど遠くへ行っているはずはない。
だが見つからない。
当たり前と言えば当たり前だ。
道端をいつまでも歩いているはずがないのだから。

「雲母……とりあえず、あそこに降りよう」
珊瑚が指さすのはかごめの神社によく似た、鬱蒼とした森のある場所。
自分たちの時代にもよく見受けられる形の屋根がのぞく。
「法師さま、ああいうとこにいるかもしれないから」
苦笑した珊瑚に雲母がみぃと答えた。

***

――やっぱり。

石段を登って、すぐ。
そこに、錫杖を抱え込む弥勒が居た。
誰も寄せ付けない、寄るな、そう顔に書かれている。

緑の葉が落ちて、両端の石灯籠に乗り、また落ちる。
向って左側に彼がいて、奥に向かい合う狐。
朱の鳥居が聖域であると告げる。
確かにそこは、雑踏からは切り離されたような空間で、まるで無人のような佇まい。

彼がいる石段まで、あと五段。
けれどそれはとても長い。

小さくなった雲母を肩に乗せて、珊瑚はただ鳥居を眺めた。
痛い沈黙の中にさらさらと木の葉の音が心地よい。
辛いね、と語りかけてくるようで、突き放すのだ。
お前の悩みなど些細なことだと。

「……だよね」
漏れた声が聞こえたらしい。
男の声が上段から降って来る。

「狐の神様だそうですよ。七宝が喜びそうです」

「あ……」

仰ぎ見てぶつかり合う視線。
多分、自分はすがるような目をしている。
彼は、見て見なかったふりをする。

その端正な横顔を見て、後ろの二匹の狐を見て、鳥居を見て。
変わらない、青空を見る。

「意地っ張り!」
思い切って発した言葉に、はっと弥勒は顔をこちらに向ける。
驚いて見開いた瞳が徐々に閉じられて、彼は呆れたと言わんばかりの微笑を刻んだ。
「す」
立ち上がって言う。階段を一歩降りる。
「?」
「い」
「……何馬鹿なことやろうとしてんの」
「ま」
また一歩、近付く。
「せ」
目の前の袈裟。香る抹香。
「ん、っと」

珊瑚と同じ段に「ん」の言葉と共に降りて、彼はふわりと抱きしめてくる。
本当にふわりなのだからふわりとしか形容しようがないのだ。
「纏めますと、すいません、です」
「や、分かってるよ」
呆れ顔で彼の胸の中に珊瑚は収まる。

大人のようで子供。
子供のようで大人。
掴めないと思う人だけれど、その根底の確固たるものが何か知っているから、自分は彼の傍にいていいのだろうと思う。
少し干渉し過ぎることも、だから許してくれる。
心地よい距離に珊瑚はくすりと笑った。

「意地っ張り」
「……謝るのは一回だけです」
「そこが意地っ張りなんじゃないか」
「はいはい」
「はいはいじゃない」

日光に錫杖の先がきら、と光るのを見て、この場所だから素直になれた気がした。
「あたしは、悪くないからね?」
「だから、謝るのは一回だけだと」
「かごめちゃん、心配してたんだから。そのー、何だっけ。その格好で出歩いて女引っかけたらタイホされる、って」

タイホ、って何、と尋ねて、かごめが公の場で罰を受けるのだと言っていたことを思い出して、珊瑚は思わず笑った。
この男の女癖を直すためには、一度そのタイホとやらをした方が良いかもしれない。

「お前は心配してなかったんですか?」
「む……あたしは、探しに来たんだから。そのくらい分かるだろ?」
心配したなんて言ってやらない。
喧嘩したことが怖かったなんて言ってやらない。

「お前だって意地を張る」
「たまにはあたしだって意地を通すんだから。さ、帰るよ、法師さま」

きゅ、と手を取る。
自然な動作で彼の方が逆に驚いてしまったようで、弥勒の体がびくりと強張った。
「ん?」
「いえ……。ああ、何もそんなに急がなくても良いのでは? もう少し、ここで」
「はいはい、居心地いいのは分かったけど。かごめちゃんが朝ご飯用意して待ってるし、今日は皆で出かける、って言ってたろ?」
「ああ、そうでした」

「全く、勝手なことばっかりするんだから」
「すいません」

「あ、二回目、謝った」

ぷ、と笑った彼女に、弥勒は苦笑で返す。

雲母にいつもの如く二人で乗る前、弥勒はそっと後ろのご神体に手を合わせた。
――素直になれました。

「行きましょうか」
「うん」
「ところでお前、その服」

「え……? あ、ああ、その、何だろ。別に、何だっていいだろ」

錫杖をいつものように横にする前、弥勒はそっと腕を彼女の腰にまわす。

「似合ってますよ」
耳元で囁いて、予想通り赤くなった珊瑚の顔に意地悪く笑って、行くんでしょう、と言う。
ばか、という彼女の囁きと共に、上空へ。

空は変わらないんだよ、と言った珊瑚に、弥勒は男女の睦言も変わりませんなあ、と返した。


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お久しぶりのサイト更新です。嫉妬法師編終わり。
意外にあっさりでもっと濃厚鬼畜嫉妬法師を期待されていた方、すみません。
自分でも季節や設定を忘れていて、読み返したのですが、文体の変化ぶりに自分でも驚いてます。
さして変わっていないのかもしれませんが、自分では変わったと感じます。
弥珊のターン終了で、次からは犬一行にどたばたと楽しい思いをしてもらいたいと思います。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。

2009.10.19 漆間 周