ルージュ・マジック

炉端で二人の子供は眠っている。
愛おしい我が子。
風穴の呪を受け継ぐことのなかった我が子。
傷一つない、やらわかな小さな手は、どこまでも眩しい。
果たしてこの子らはその右手でどんな未来をつかむのだろうか。
旅が終わった今、法師自身の右手もまたなめらかで。
三代に渡ったこの呪を、やっと自分が解くことができた。
もう風の音は怖くない。
風穴の先がどこにつながっているかなど、考えたこともないが、祖父も父も、浄土へ逝ったのだろうか。

呪を持つ我が子を持つことは恐ろしい。
自身の分身といってもいい、そんな我が子にこの重荷を背負わせることは、もはや罪に等しい。
だから弥勒は珊瑚と約束した。

この呪が解けたら、と。

けれど祖父も父も、愛したひとがいた。
子に呪を受け継がせることに祖父も父もまた、咎に似た思いを持ったことだろう。
だがそれは未来に繋がっていて。
たとえこの手に呪があったとしても、この世に受けた生は苦を感じるのみではない。
時にはささやかな喜びに。
そして守るべきひとに出会えた喜びに。

私が、否、私だけでない、孤独の旅の途中で出会った彼らと共に、仲間と共にだったからこそ、呪が解けました。父上。おじいさま。

そしてかけがえのない大切なもの。
宝石の名をまとった、誇り高く純情な、限りなくいとしいおなごを。
そしてそのおなごとの間に出来た子を。
私は、得ることができました。

そして一人瞠目する。
今この場にいないおなごを想って。

ルージュ・マジック

「ただいま、法師さま」
庵に退治屋の服をまとった女性が顔をのぞかせる。
「ちょっと手間取っちゃってさ。遅くなっちゃった。ごめんね」
てきぱきと退治道具を片付けながら、彼女は我が子の寝顔に目を向ける。
「寝てるね」
「ええ」
それじゃ、着替えるから。
弥勒の後でかちゃかちゃと片付けると、しゅるりと小袖を羽織る音がする。

「法師さま? どしたのさ、暗い顔して」
ひょいとのぞきこんだ珊瑚は目をぱちくりさせる。
旅が終り、子を育み、幸せの最中、こんな暗くて寂しそうな顔をする彼を見るのは久しい。
「暗い顔、してますか?」
「うん。なんか寂しそう。何かあった?」
「何かって……特には」
「そんな顔に見えないけど」
「そうですか?」
「うん」

じぃー。

「……何です」
「浮気して、ふられた」
「いや、それはない」
即答である。

「じゃあなんでそんな寂しそうな顔してるの?」

――君がいなけりゃ 夜は暗い
  春の陽ざしの中も とてもクライ

  くだらない事さ ぼくは道端で 泣いてる子供

己の心中を探って、はぁと弥勒は嘆息する。
「……お前の帰りが、遅かったから、ですかね」

「ぷっ……」

まるで自身の情けなさに呆れるような目で言った彼の人に、思わず珊瑚は噴き出す。

「何さ、あたしちゃんと帰ってくるよ。ヘマなんてしないしさ」
「いえ、そうではなくて」

ただ、お前がいなかったから何となく寂しかったんだな、と。
珍しく風穴の感傷にふけっていたのもそのせいか、と。

「珊瑚」
「ん?」
「ちょっとこちらへ」
手招きする。
「……変なことする気じゃないだろうね。子供の前で」
「違います」

と、言っても純情な彼女には今から自分がしようとしてることは「変なこと」に当てはまるかもしれないが。

すい、と寄って来た彼女の顎にゆるりと手をかけ、己の唇にもっていく。
一瞬「ちょっと!」という顔をした彼女だったが、口づける彼の心底安堵したような表情にほだされる。

ああ、この唇が。
これ以上は、今は要らない。
ただ唇と唇が触れるそれだけの行為。
なのにこの上なく彼女の存在を感じる。

「もう、子供の前で……」
「いいから」

珊瑚の方も安堵を感じていた。
仕事を終わらせて早く帰りたかった。
――あたしも、寂しかったのかもしれないな。

深くなく、ただ軽く触れるだけの口づけ。
甘くて。
安心して。
互いの隙間を埋めるように。

「おれは、どうも寂しがりの性分なようだな」
「ふふ、今更気づいたの?」
知ってたさ、そう答えて珊瑚はまた自ら唇を寄せる。

「法師さま……」
「お前も、寂しかったか?」
「……ちょっとだけ、ね」

でもこうしてると、安心する。もう寂しくなんかない。

だがこうしていると、寂しさなど埋まるようだ。

「もう少しだけ……こうしていましょうか」
「うん……」

それは、ある夜の接吻の魔法。

<了>

故・忌野清志郎さんの「い・け・な・いルージュマジック」をモチーフに。
でもああ、曲の感じがあんまり出せていない気がします。。冒とくかも、ごめんなさい。
忌野さんの曲が、声が大好きでした。
ありがとうございました、忌野さん。
天国でも、愛し合ってるかい?
でまあ「いけない」の部分が特にない気がしたのでルージュマジックのみで。
さよならのキス、大好きのキス、色んなキスがありますが、喧嘩の後のキスは不思議。
氷塊していく自分の怒り。
そんな、優しいキスが書けてたらなあ、と思っております。
ここまで読んでくださってありがとうございました。

2009.05.20 漆間 周