Green Bird

Spring has come.

Green Bird

そよそよと吹く風は、この頃めっきり温かみを帯びて、優しい。
旅をしていても気付く、ふくらみかけた木々の芽。
のびやかな、優しい香りがする。
そして徐々に淡い緑へと変わっていく草たち。
見渡す水田はまだ水をたててはいないが、刈り取った稲からは新しい芽が伸びつつある。

弥勒と珊瑚は二人歩きながら、季節の移りゆくさまを実感していた。
道端の野草が花を咲かせている。
やんわりと温かい陽の光が、あたりを包み込む。
陽光にきらりと緑が反射する。
たんぽぽの明るい黄色に蜜蜂が誘われている。
ふとみれば白い蝶が光と影の中を行ったり来たり。

「すっかり、温かくなりましたね」
「そだねえ。野宿もあんまり苦にはならなくなるし、いいよ」
「いえ、まあ、そういうだけでなく」

いくつの季節を越えてきたろうか。
桜は何度見たろうか。
雪は何度見たろうか。
孤独の旅の中でも、仲間との旅の中でも。

優しい春風に珊瑚の長い髪がふわりとゆらぐ。

美しい、と思った。
木花開耶姫のようで。
もちろん、そんな神話の神なぞ見たこともないが。

その髪に触れたい、と思ったが、伸びた手は途中で止まった。
己が触れてしまえばその春は消えそうで。

伸ばしかけた腕に気付いた珊瑚が怪訝そうに首を傾げる。
「何、法師さま」
「……いいえ、春の神のようだなと思いまして」
「新手の口説き文句?」
「違います」

どうしてこのおなごは素直に分かってくれないのだろうか。
自分の美しさも、そして弥勒自身がどれだけ彼女に惚れこんでいるかも。

ま、日々の行いがたたってだろうがな。
そう自嘲して再び歩き始める。

春が来ている。
それは嬉しい。
だが巡る季節はそれだけ年を重ねたということ。
それはつまり、風穴が広がるということ。

己の右手をきゅと握りしめて不思議な感慨にふけった。
来年も、再来年も、ずっとこの春を見られそうな気がする。
この仲間たちと、珊瑚と共にいれば。

それをふと、確認したくなって。

「珊瑚」
「ん?」
「……来年も、春を迎えられるでしょうか」
言葉とは裏腹に、来年も、と不思議な自信を見せる弥勒の表情に珊瑚は驚く。
「自分で、分かってるんでしょ」
つい、とそらした目は一瞬彼の右手をとらえた。
巻かれた封印の数珠。
呪われた、右手。

「法師さまは、不安だったの?」
「何がです」
「季節を重ねて、いくこと」
「……図星、ですね」
「でも今は違う。だね?」
くるりと振り返った珊瑚の髪がまた風になびく。
にこやかな笑顔をたたえて、その唇は母のような優しさをまとっている。
「仲間が、いるから」
「図星、です」
また後ろを向いて、珊瑚は歩きながら話し続ける。
「法師さまのことなら、分かるさ」

――そう、あなたの孤独も悲しみも。その嘘も。過ちも。

「……分かってない部分もある気はするがな」
「そかな?」

「例えば……私がお前に惚れていることだとか」

「な……」

真摯な瞳で見つめられ、どくどくと高鳴る心臓に珊瑚は同様を隠せない。

「おれの弱ってるところには聡いくせに恋愛は初心だな」
ふっ、と笑ういつもらしからぬ「不良」法師の笑顔。

珊瑚はこの彼の二面性が少々苦手だ。
けれどそこに惹かれるというのもまた本音。

「初心で……初心で悪かったね」
つい、と険に瞳を変えて少々ねめつける。
が、にぃー、という彼の笑顔に滅法弱い。
ま、いいか、なんてそんな気分で。
「初心なお前は本当に色々とやりがいがありますなあ」

邪心だらけの科白にぱっと珊瑚の顔に朱がさす。

「例えば……こういうことだとか」
「うあっ!」
さっと伸ばされた腕にあっという間にからめとられて、抱き締められる。
広い法師の懐。
墨染の衣が春風になびく。
そして抹香の香。
「む……」

なんだか嬉しくて、おとなしくその腕の中にいることにした。
でも顔は熟れた果実のようになっている。
それは、自覚している。
だって、こんなに顔が熱いから。

「ほら、これだけでこんなに顔を赤くする。これくらい慣れなさい」
「で、でも……」
抱き締められる度に、新しい彼と出会う気がする。
だから、慣れない。慣れてくれない。
いつも高鳴る胸が抑えられない。

「春は……」
どくどくと彼にも聞こえてしまいそうな心臓の音を気にしながら、珊瑚は小さく言った。
「春は何度も来るさ」
来年も、再来年も、ずっと、ずっと。

「その自信は、どこから?」
「……法師さまが、いるから」
むすっと無表情に応えた彼女をたまらなく可愛いと思う。

「おれもだ」

春は、来る。
何度も何度も。
そして桜を何度も何度も見るだろう。
雪も何度も何度も見るだろう。

お前が、いるから。

<了>

COWBOY BEBOPのビシャスとの初遭遇シーン、教会から落下するスパイクのシーンでのBGM(Green Bird)からイメージして。
実はこの曲春が来た、という内容なんです。
弱気な法師も、仲間がいるから強くなれるだろうか、なんて思って。
まあ恋愛的には彼の脳内は万年春でしょうが(笑)
なんだかとっても短くてすいません。
ここまで読んでくださってありがとうございました。

2009.05.20 漆間 周