FAREWELL BLUES

奈落はもう目前だ。

「誰ひとり、欠ちゃいねぇぜ!」

犬夜叉が叫ぶと同時に鉄砕刀を抜いた。

瘴気濃厚な奈落の体内。
四魂のかけらは、今ここに全て集まった。

思えば三年間の旅。
初めはただ四魂のかけらを集める旅だった。犬夜叉とかごめ、二人で。
そして奈落が現れた。

全ては仕組まれていた。
犬夜叉と桔梗、二人の憎しみ。
弥勒の風穴。
珊瑚に起こった悲劇。

四魂のかけらを集めることは、奈落に繋がっていた。

そして今、最後の闘いが始まる。

FAREWELL BLUES

――風穴の限界が、近い。

己の右手から、地獄の底に誘うような風の音がする。
だが、今なら。
奈落を巻き添えに、この命果てようとも。
大切な仲間のために。
将来を誓った彼女のために。

弥勒は歩き続ける。
光の先に、奈落がいるなら。

――お前が穿ったこの呪で、お前を葬り去る。

決意をこめて右手を握りしめる。
死は、恐ろしくなどない。
誰かのためならば。決して。

珊瑚は自身の無茶を止めた。
だが……無茶なものか。
これで終わらせることが出来るなら。

瘴気にくらくらと眩暈がする。

そして光の先の奈落に辿り着いた。
限界……すなわち今まで以上の威力を増したこの風穴で、やってやる。

嘲笑うかのような奈落の前で、封印の数珠を解く。
開く……!

が。
飛び込んできたのは犬夜叉だった。

「開かせねぇっ!」

――幻?
――今の奈落は、幻?

犬夜叉からの説明に愕然とした。
もし犬夜叉が止めに入らなかったら、自分は犬死していたことだろう。
と同時に、自分が別れて行動しようと言った彼女を思い出す。

――もしかすると、珊瑚も……!

己の死は怖くない。
だが、彼女には生きていて欲しいのだ。
もし、幻の奈落に攻撃し、罠にはまりでもしたら。
考えただけで頭の中が真っ白になるようだった。

「私を置いていけ」
いつ風穴が裂けるか分からないのに、と。
この大切な仲間たちを巻き添えには、出来ないから。
だから弥勒は切に願った。置いて行ってほしいと。

だが弥勒を脇にかかえた犬夜叉が叫んだ。

「生きてみんなで帰るんだ!」

――生きて。
――生きて。

***

奈落の肉塊の中、進み続ける。
ただひたすら、彼の人が無事なのを祈っていた。
幻に惑わされた自身の愚かさに眩暈がする。
誰かと誰かの命を天秤にかけるなんて、そんな愚を犯した自分は罪深い。
だから、防毒面をりんに渡した。

瘴気など恐れていられない。
瘴気にやられる前に、奈落を倒す。

雲母に乗って、進む。
奈落の肉塊は入り組んでいて、追ってきた殺生丸たちは奈落に拒まれたようだった。
四魂の光を追いつつ、やっと開けた空間に彼女は飛び出すことができた。
たどり着いたその先には。

――法師さま……!

まだ無事で。
良かった……。

目の前の奈落はまたしても嘲笑う。
防毒面なしで突き進んだ珊瑚の無茶を。

だが、この飛来骨で。
まだ体が動くうちに、打ち砕けば。

――決着はつく!

「飛来骨!」

渾身の力で腕を掲げ、振るう。
慣れ親しんだこの武器に、ありったけの想いを込める。
邪気をも払えるようになった飛来骨は、確実に奈落をしとめられるはずだ。

だが己の得物が戻って来た時。

――げん……かい……?

確かに腕は武器を掴んだが。
くらり、と体が傾ぐ。
動かない。
目が霞む、意識が……。

落ちて行く体。

珊瑚……

愛しい人の、呼ぶ声が聞こえた。

***

――どこだか分らない。
でもまだ奈落の体の中だろう。
あたりは瘴気に満ちていた。
意識が浮上する。

最初に聞こえたのは風の音だった。
虚しい、哀しい風の音。
何の風か分からないわけがない。

――私は、失敗したのか……。

ならば。
「法師さま……」

「私も……連れて行って……」

愛しい人と共になら。
怖くない。

たとえこの命尽きても……。
この愛は消せやしない。

いつだったか彼は言った。
仏の教えを、伝えてくれた。
この世に変わらぬものなど何もないのだと。

――だが……変わらぬものもあるさ。

きっと。
それは己の愛。
これだけは、永遠に生きるもの。

彼も覚悟した顔で珊瑚、と呟く。
想いは恐らく、同じだ。

自身の身を庇い、覆いかぶさった弥勒が優しく口づける。
ああ、これは今生で最後の口づけだろうか?

優しくも哀しい彼の表情に、涙が溢れそうになった。
けれど口づけは甘かった。

愛している。愛している。
出来るなら共に生きたかった、けどもう、無理だものね。

弥勒が何か呟いたのが分かった。
しかし、瘴気のせいか、また意識が朦朧としてしまっている。
聞き取れない。

――でも、満足。

一滴、涙を流して、珊瑚は微笑した。

***

また突如、奈落の体が崩壊を始めた。
一体外でも中でも何が起こっているのやら。
犬夜叉が何かやったか、かごめが矢を放ったか、それとも殺生丸か。
どちらにしても、この崩壊でまた瘴気が今まで以上に濃くなってきてしまっている。
弥勒は咄嗟に珊瑚を抱きかかえて走った。
彼女は瘴気をたっぷり浴びている。
これ以上、吸わせるわけにはいかない。

彼女には生きていて欲しい。
共に生きたかった。
けれど、命を賭してでも守らなければならないひとが。

決意を込めて見つめた風穴。

――風穴が……!
ふさがりかけている。
自分は、生きられるのか?

虹が、見えた気がした。己の心中に。
ああ、生きられるのだ。

――生きる!

それは、決意。

お前と共に、歩める。

だがまた奈落の体が崩壊する。
勘弁してくれ、と弥勒は思った。
奈落の体内だと思うとぞっとする。
攻撃はいいがもう少しまわりのことも考えてほしいものだ。
足場はすぐに消え、珊瑚もろとも落下する。

やばいな、一瞬そう思った時。
二人を、変化した七宝が拾い上げてくれた。

大丈夫か、と気遣う子狐妖怪。
「助かりました」
これで真下まで落ちていたらこの体では助からなかっただろう。

珊瑚が気がついた様子で目をゆるりと開けた。
体を動かすと瘴気がまわるので彼女を静止する。
だが大丈夫だ、と彼女は言う。

いつも気丈夫で、誇り高いおなごだ。
つくづくそう思って弥勒は彼女の顔を見つめる。
瘴気にまみれ、傷ついても、なお美しい彼女の姿。
戦うことに誇りを持ち、そして誰にでも見せる優しい振舞い。気遣い。

そんな彼女に弥勒は告げた。
風穴がふさがりかけている、と。
奈落が決定的な打撃を受けたに違いない、と。

その言葉に彼女はがばりと身を起こす。

行こう。私たちも。

その目は決意を秘めていた。
ひどく美しい。

生きよう、そう言っているかのように弥勒は思えてならなかった。

「法師さま……虹が見える気がする」
「心の中に、ですか?」
この状況だけれど、思わずくすりと笑ってしまった。
自分も考えていたことだったから。

――お前の心の中にも、見えたか。

こくり、と彼女は頷く。

「生きよう。法師さま」
「ああ」

命尽きても消せない愛。
それは永遠に生きること。

けれどそれはひどく哀しいこと。

そんなものは……要らない。

ただ変わらぬものもある。

――珊瑚を愛しいと思うこと。

――法師さまが大切だってこと。

仲間がいる。大切なひとがいる。
犬夜叉は言った。生きてみんなで帰るんだ、と。
彼は強い。
つくづく弥勒はそう思った。

珊瑚も自身も先ほどまでただ死を待っていたのだから。

命尽きても消せない愛。
その愛は……生きてこそ、生かす。

共に歩む人生を。
ただひとつ変わらぬものを掲げて、歩く。

そのために。

「急ごう! 法師さま、私たちも」
「ああ」

応えて二人は歩みだす。

己の心中に見た虹を、本物にするために。

生きてやる。

二人の想いは、同じ。

――この因縁、今度こそ断ち切る!

一瞬見つめあう二人。
執念にも似た決意に満ちた凛々しい瞳がそこにある。
それぞれおのが武器を構え、生を見据える二人は、どこまでも強かった。

未来はまだ……つながっている。

<了>

タイトルはまたしてもアレです。ちょっと死にネタな歌詞なんですが死なせたくはなかったのでこう解釈をもっていきました。
ヒントは「このレコードで終わりにしよう」
内容は……全然オリジナルな二次創作になっていなくてすいません。原作読んだ時、最初のあの犬夜叉の台詞に最高に感動しました。
最終決戦の二人の心中をただ書きたかったという感じで。
ごめんなさい、我ながらすっごい駄作ですorz
展開速すぎ、適当すぎ。
けれど、生きることは大切です。
それは皆さんへのメッセージ。
苦しんでももがいても、生きて生きて生き抜くことが、強さです。美しさです。生まれた意味です。
一生かかって開かせる花です。苦しみも悲しみもありのまま受け入れて、栄養にして、最後に笑えば、それでいい。
私は病気になってからそう思うようになりました。
では、ここまで読んで下さってありがとうございました。
次はFantasy!の方更新したいです。

2009.05.21 漆間 周