バトル・リフ

ざわりと、季節に似合わぬ暗い風が吹き抜けた。
それに反して空は底抜けに明るい。
四月、新入生を迎える時期となっても、この日常ならざる日常に変わりはない。

「珊瑚、危ない!」
ビルディングの細い路地、突如コンクリートの地面に広がり始めた紅の光に、思わず立ちすくんだ珊瑚を弥勒は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
珊瑚がその光の美しさに息をのむ。
セーラーの襟が翻った。
錦鯉泳ぎ、水草の生える朱色の世界は、この世ならざるものの証。
「異界」、それはヒトを惹きつけてやまない。

「珊瑚!」
呆然と足元に広がる異界に目をとられる彼女に、弥勒はなりふり構わず抱きすくめて跳躍した。
異界はますます広がり続ける。
不吉な風も止む気配がない。

「っ……!」
異なる世界をつなぐこの地点から現れた、妖異。
それは美しい女性のラインを描き、燐光に包まれ微笑んでいた。
「お前か……このところの赤子かどかわし事件の原因は!」
妖は何も答えない。妖異は、話す術を持たない。

「とにもかくにも……お前には消えていただきます!」
戦える状況でない珊瑚を、そっと安全な場所に横たえ、弥勒は再び跳躍する。
理由は、分かっていた。
この妖異の正体のせいだ。

――正体など、とっくに分かっていた。

「炯眼に、伏せ!」
弥勒は腕の封印の数珠を解いた。
が。
獲物を見つけたと言わんばかり、横たわる珊瑚の許に向った妖異に、弥勒は慌てて風穴を閉じた。

判断は誤らない。
制服のズボンにかけられた銀の鈴を握りしめる。
彼が握りしめたと同時に、それは拳銃の形をしたシロモノに変わった。

――どこだ……。

妖異を止めることの出来る箇所を目で探る。
燐光が眩しい。
弥勒の目はその一見やわらかな女性らしさに満ち溢れたラインを上から下へ、射すくめるように辿っていく。

――見つけた!

すぐさま狙いを絞り、その箇所へ銃口を向ける。
引き金を引く。

そして、「見えない」弾丸が発射された。

近づくその気配に妖異は珊瑚へのばしていた手をとめ、廃ビルの窓から両腕を真っすぐに伸ばす彼を捉えた。
が、もう遅い。
弾丸は狙った箇所を射抜いた。
――子宮。
悲鳴すら上がらぬまま、もがくような動作をして、妖の動きが止まる。

弥勒は風穴を開いた。
「終わり、だ……!」
ゴウ、となびく風に、彼の右腕に妖は吸い込まれて行く。


そして、朱色の異世界との門は、閉ざされた。
滅せられた妖異と共に。

***

「はぁ、珊瑚……全く、いつになくどうしてしまったのですか」
夕焼け広がる学校の屋上で、フェンスにもたれかかった彼はふはあ、とあくびした。
ズボンから煙草を取り出し、火をつける。

「あんたね……それ風紀委員長の前でやること?」
ぴくり、と神経質に眉を動かし、屋上への扉の前で腕組みしていた珊瑚は唸る。
はは、と弥勒は笑った。
「お前はいつも見逃してるでしょうに」
「仏の顔も三度まで、って知らないの?」
「ほう、ならお前の仏の顔は無限にあるようだ」
くく、と笑ってゆっくりと弥勒は紫煙を吐き出す。
はあっ、と脱力した珊瑚は、諦め半ば、彼の横へと歩みだした。

「ごめん」
フェンスにもたれ、風が彼女の長い黒髪を揺らす。
夕焼けに彩られた珊瑚の表情は、憂鬱を滲ませていた。
「……分かってますよ。お前が動けなかった理由は」
正体、分かっていたのでしょう?
呟いて弥勒はそっと、彼女の頭を撫でた。
「ん……」
煙草臭いって、と彼女は無理矢理笑って、彼の方へ顔を向けた。
仮面をかぶるかのように、憂鬱もこぼれかけた涙も消えた顔を。

「食べ損ねちゃったね、妖異の肉」
「ああ……まあ、そうですなあ」
「まあ、次回はあたしが切り刻むから安心して、会長」
ふっと自信に満ち溢れた表情で唇を笑みの形に変えて、彼女は言う。

「しかし……二人ではいささか頼りないものですな。新しいメンバーが入ってくれるといいのですが」
「新入生に、期待?」
手の甲に顎をのせて珊瑚が言った。
「ええ」

弥勒はふと、銀の鈴を太陽にかざした。
珊瑚も首にかけた同じものを取り出す。

「一体、何に変わってくれるのか分かりませんがね」

「まだ入りもしてないのに何言ってんのさ」
あはは、と珊瑚は笑う。

鈴が揺れて、りぃーんと澄んだ音が響いた。
夕暮れの風の中、鈴の音色は、新たな闘うものを、呼びよせる。




to be continued...



ほんっとうに、趣味に走っていて申し訳ありませんっ!
心からお詫びを。しかし書いてしまった以上、やります。
弥珊が中心ですが、オールキャラ風味で行くつもりです。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。
とても不安なので感想などいただけると嬉しいです。。
次回更新はFantasy!か普通の小説のつもりでおります。

2009.06.12 漆間 周