ファースト・コンタクト

「来た」
弥勒の一言に、傍らで書類の整理をしていた珊瑚が顔を上げる。

藤桂高校、生徒会室。
それは高校の敷地とは離れた場所にある、小さなお堂のような建物。
藤棚をそなえていること、及びその裏の意味から不治棚と呼ばれる。

がらり、と扉が開く。
逆光に輝く銀の髪と犬耳。

「ようこそ、いらっしゃいませ」
ふっ、と笑って弥勒が立ちあがった瞬間、来客者はふわりと飛び上った。
「昨日のお礼参りだ!」
「おっと、乱暴な」
彼の爪をふわとかわして、弥勒は飄々とした態度を崩さない。
「て、てめぇ……」
「私は喧嘩を売った覚えはございませんがね?」
腕組みしてそう言って、弥勒はポケットから煙草を取り出す。

トン、と箱を振って一本取り出す。
口許へ持って行くその瞬間。

「ナメたまねしやがって」
ここぞとばかりに接近する乱暴者。
「……私のくつろぐ時間を邪魔しないでいただけますかね?」

そして、銀髪の彼の前でばっと弥勒の掌から灯された炎。

「……ぐ!?」
その熱さに少年はひるむ。
「お前は妖怪なんでしょう、犬夜叉?」
ばちばちと火花の散るような音がして犬夜叉が吹き飛ぶ。

「……ふぅ。さて、後のお嬢さんも中へ」
にこり、と笑って弥勒は煙草をくわえる。
開け放たれた扉の向こうで身じろぎする少女の影。
「会長」
すかさずはたいてソレを取り上げる珊瑚。
「悪い癖、どこでも吸う癖、捨てる癖……ていうかあんた未成年!」
「いえ、私はきちんと携帯灰皿をですね」
「知るか!」
「あ、あの〜……」

扉はぱたりと閉められ、格子窓から注ぐ夕方の光のみが堂内を照らす。

「一年の犬夜叉くんと、日暮かごめさん、だろ?」
珊瑚が二人に椅子と茶を用意する。
「あ、はい! ほら、犬夜叉!」
弥勒の結界に弾かれ、床で伸びている彼をかごめは起こす。
「大人気ないことしちゃだめって言ったでしょ? おすわり使うわよ? ……ってごめん!」
言霊の念数で更に床にめりこんだ彼を、かごめは慌てて気遣う。
その様を見ていた珊瑚がはは、と笑った。
「それは封印の?」
「え、あ、はい。犬夜叉ってば喧嘩っ早いから私がこれ使わないとたまにひどいことになるから」
苦笑してかごめは珊瑚を見る。
「……かごめさま、なぜそんな便利なものがあるなら先程使って下さらなかったんですか」
あー、と嘆息して頭を抱えた弥勒が椅子に座る。
奥のいわば議長席に弥勒が座り、その隣に珊瑚。
向かい合って犬夜叉とかごめ。
二人が対面する。

「あ……はは、なんか使うタイミングが分かんなくて」
「まあ、犬夜叉が妖怪だったので結界を使うだけで済みましたが。生徒会室を壊されてはたまりませんので」
「ていうか、何でいきなり下の名前で、しかもさま付け?」
「おや、あなた巫女でしょう? 私なぞより余程霊力はお強いと見た」
「え……? 確かにウチは神社だけど、私は巫女なんかじゃないし……霊力って」
「日暮さん、見る人が見れば分かるんだよ」
「れい、りょく……?」

不思議そうにかごめは自分の両手を見る。
先程この生徒会長――女好きで有名な人物だったが……その弥勒が使った炎のことを考える。
自分にも、そんなことが出来るという意味か?

「ま、とにかく。会長に任せると話が難しくなるから、話するよ。よく聞くこと。一度決断すれば元には戻れないよ」
「は、はぁ……?」

――たかが生徒会の仕事に何が?

「犬夜叉」
「あんだよ、俺は呼び捨てか、鉄の風紀委員長」
「珊瑚だ。さて、この生徒会の本業の説明をするよ。犬夜叉、妖怪のお前なら知っているだろう、妖異の存在は」
「お、おう」
鉄の、のくだりで俄かに怒気を発した彼女に気おされて、犬夜叉は大人しく従う。

「まあ、一文で説明するなら我々はこの街の妖異退治を裏の仕事としている。理事長が公認だ」
「報酬は狩った妖異の肉――ただしこれを一度口にすると後には引けん」
「そう、このニコチン中毒男みたいになるってわけ」
「ちょ、珊瑚……そんな言い方は……」
「次この部屋で吸おうとしたら抜刀命令を理事長に求めるからね?」
「……はい」

犬夜叉は妖異が何たるか分かっている様子だったが、かごめは良く分からないという表情。

「はぁ……やはり突然にこのようなことを説明するというのは難しいものですな」
「まあね。知らない人間が多いから」

「ま、とりあえずてっとり早くあたし達の仕事の見物でもする? 勿論、そっちの要員じゃなくてもいいんだけどね、あたし達は妖異討伐の人手不足に困ってる。だから、能力がある――あの、13番目の桜が見えた日暮さんと犬夜叉に手伝って欲しい、ってわけ」
「え、あの桜が何か関係が……?」
「あなた方にはあの桜、見えていたでしょう。妖異討伐に必要な能力を持っているものでないと見えない隠された桜なんです。歴代、生徒会の人員はあの桜の木の下で春に求める。入る人間は、運命に引き寄せられるようにあの桜の元にやって来る。そういう仕組みなんです」

「別に、俺あ手伝ってもいいぜ。ちょうど暴れたい時期だったしな。この頃の妖異の鬱陶しさときたら辟易してたところだ」
腕組みし、非常に、非常にデカい態度だったが犬夜叉は満更でもない様子で是の返事をした。
「ほう、物わかりのいい」
にい、と笑う弥勒にけっと犬夜叉は視線を返す。
「おめえとの喧嘩の決着もついてねえしな」
「だから喧嘩じゃねえっつってんだろうが」
ん? と脅しの目線を弥勒はかける。
「………」

――優男みてえな顔してコイツ……中身は相当だな……。

「それじゃあ、行こうか。会長。ちょうど桔梗先生から連絡が入った」
「場所は?」
「東公園だってさ」

「では、二人とも、ついてきていただけますか?」
扉を開け、椅子に座る二人を弥勒は振り返る。
は、はい、と答えてゆっくり立ち上がるかごめと、しゃーねえな、といった様子で立ち上がる犬夜叉。

「それじゃ、念のためこれを持ってな」
そう言って珊瑚が二人に渡したのは、彼女自身と弥勒も持っている銀の鈴。
りぃーんと涼しい音を鳴らして、それは新入り二名の掌に落される。
「これは……?」
不思議そうなかごめの声に珊瑚はにっと笑う。
「危なくなった時に助けてくれるお守りさ」

「んじゃ、行くよ?」
「ええ」
おう、はい、と新入り二人の声も揃って、ぱたり、と生徒会室の扉が閉められる。

暗がりの、プリントが散乱した室内に格子窓からの光が注ぐ。

ここが、運命の舞台。


to be continued...



四人やっと集めました。次は闘っていただきます。
ま、それが終わったら学園ものらしさも出していきたいな、と。
バトルシーンとほのぼのシーンの切り替えが難しいだろう、と今から予想しています。
それに加え、一応伏線的なものも張っているので、その回収が非常に不安。。。
全体が仕上がってからでない状況でこういうものを公開するのは初めてなので。
プロットは、おおまかに出来ております。
果たして何話まで行くのやら。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。

2009.07.26 漆間 周