アイ・シャル・リターン

ぐいと剣は一線を空に刻んだ。
跳躍とともに長い髪が揺れる。

――負けない。

過去に縛られ、傾ぎそうになる足を精一杯振り上げて、珊瑚は刀を振り落とした。
「万物尽く、切り刻めッ……地獄蝶々!」


アイ・シャル・リターン

夕暮れの中、部活動の帰りの生徒がちらほら見受けられる中、生徒会一行が新入り二人を引連れて歩く。
それは見る人が見れば異形の行進だったかもしれない。
なぜなら、その四人は皆力持つものなのだから。

「で、桔梗先生は何と?」
「新人のお試しに調度良いだろう、って」
「あの人……何だと思って」
前方でぼやく上級生二人に、かごめは恐る恐る声をかける。
「あの……桔梗先生、って?」
あまりにもかしこまったその様子に、珊瑚はからりと笑った。
「そんなにがちがちしなくって大丈夫さ。これからは学年なんて関係なしだよ、かごめちゃん」
「でも……」
入学したばかりの一年生が三年生に気軽に話せと言われても難しい。
犬夜叉のように、遠慮も何もないような奴でなければ。
「いいの。あたしのことは珊瑚って呼び捨てでも何でも。会長の名前は弥勒。で、桔梗先生はウチの理事長で、生徒会の後ろ楯――違う、黒幕、かな?」
黒幕、という言葉に含みを持たせて、珊瑚は笑った。

「妖異の存在などかごめさまには中々理解し難いでしょう。百聞は一見にしかず、というわけで我々の仕事を見ていただこうと言うわけです」
に、と笑って弥勒は人差し指と中指の間に例の鈴をはさんでコロコロと振った。
「これは、しっかり持っていて下さいね?」
「え、あ、はい――うん」
「けっ、俺あこんなもんなくたっていいぜ?」
右手で宙に投げてはキャッチしてを繰り返していた彼は面倒そうにぼやく。
「妖怪のお前には大丈夫かもしれませんが。強力な妖異に出会った時、それが助けになるのは確実なことです」
「つーか、何なんだよ、コレ」
「さあ……私も三年間使って参りましたが、その作用だけで原理は存じ上げませんね」

のんびりと会話を続けていた二人を珊瑚が左腕で制止する。
「何が東公園だ……こんなに溢れだしてるじゃないか」

ざわりと凪いだ風が風景を朱色の異界へと変えていく。
常人であれば一瞬にして引きこまれてしまう世界。

そこは目的の町内の東公園にほど近い別の公園だった。

「しかし道には出ていない……公園、に何が?」

幸いにも夕暮れということで、遊んでいる子供はいなかった。

「何……これ……」
その世界に目を疑うかごめは両手で口を塞ぐ。
触れてはいけないものに触れてしまったかのように。
見てはいけないものを見てしまったかのように。
「けっ、胸くそ悪ぃ」
犬夜叉はある意味見慣れたその世界に一瞥をくれてやって、無造作に言い放った。
「こんな鈴なんてなくってもよ、俺あ妖怪なんだから戦えるんだ」
「そうでした、力強い限りです。が――」
あんだよ、と横眼で弥勒を睨んで犬夜叉は掌の鈴に力を入れた。
「……おや、刀で。まあ今日は見学していなさいということです」
犬夜叉の鈴は刀に変化した。
かごめもそれを見て驚いてはいるが、一番驚いているのは彼自身だ。
「……鉄砕牙……?」
ブンと振り降ろすのは慣れた手つき。
どういう仕組みでい、と騒ぐ彼に弥勒は存じ上げませんの一言で返す。

新入りの鈴が何に変わってくれたかを議論している場合ではなかった。
弥勒の目は現れた妖異にただ注がれていた。
それは――恐らく子供の、想い。
前回の「母」に続いて珊瑚の苦手とするものがまた出てきた。
嫌がらせのようにしか思えない。

ちらりとその気になる本人の横顔を見た。
引きしまった横顔には一見、なんの油断も焦りもない。
けれど、一瞬だけ浮かんだ苦悩と戸惑いの表情を弥勒は見逃さなかった。

ここは私が。

そう口を開く前に、珊瑚の日本刀がぎらりと生々しい光を放って自身の顎に当てられた。

「……あたしが、やる……」

が、と言った瞬間にぶるりと震えた刃先。
背後の下級生二人は何だ、とだんまりを決め込む模様。
分かった、と目で合図すれば、珊瑚はその日本刀を引いて、異界の広がりの中心へと飛び込んで行った。

いいの、という目でかごめが弥勒を見る。
黙って頷いて、見学してろと言うことです、と答えた。

――もし何かあったら。

彼女が知らないと思っていることだって、弥勒は知っている。
守れると思うのはおごりかもしれない。
なぜなら、それは彼女自身が断ち切らなければいけない鎖だから。
けれど、それでも。

異界の中へ消えた彼女の黒髪を思った。

揺れている。

だから、弥勒はただ目を瞑って、全神経をその妖異に集中させた。

大きな、ふくれあがった人形のような、赤子の姿でわあわあと泣きながら暴れる妖異に。


to be continued...



書きかけで放置していたのに気がつきました。というわけで現代パラレル更新です。
犬夜叉とかごめが折角いるというのに、放置気味で申し訳ないです。
弥勒と珊瑚は、現代版の中でも位置が確定しているので動かせるのですが、どうにも自分の中でかごめの位置がよく分からないから、犬夜叉も動かしづらいのでしょう。
やっぱりオールキャラでいかないと。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。

2009.08.27 漆間 周