炎のように赤い光が昇る。
揺らめいて包んで、消える。
そこに暑さも冷たさもない。
ただの、光なのだから。
「どうなってるんだ……」
珊瑚は唇を噛んだ。
異界に足を踏み入れたはいいが、外から見えていたはずの妖異の姿がない。
ただそこには、異界の風景が広がる。
宇宙には、上下も左右もないのだと聞いたことがある。だから座標というものを使用する。
同じように、この異界にも上下がないのだろうか。
外から見れば、浮いているように見えることだろう。
地面というものが存在しない異界をただ珊瑚は歩いていた。
通り過ぎる魚も、すべてを無視する。
そうしなければいけないのだ。
呑まれてしまわないためには。
妖異の気配を、感覚を鋭敏に研ぎ澄ませて探る。
目を瞑ると自分を渦巻く何かが分かる。
手にした日本刀の切っ先と同じように、鋭く、薄く、針のように、意識は巡る。
「いた」
見開いた目に映るのは、妖異の本体。
公園の外から見えたそいつは、膨れ上がった赤子だった。
ところが何だ。
ここに存在するのは……。
「………」
この世に産まれ損なった命だ。
胎内に居た時と同じように、丸くなり、不完全な肉体で浮かんでいる。
ただ一点異なるのは、その目は完全で、哀しみとも怒りとも判別のつかない感情を映していた。
空虚とも呼ぶ。
「斬れば、いい……んだろうか……」
当たり前のことを自問して、珊瑚は頭を抱えた。
――何で過去のことを思い出してるんだ、あたしは。
この刀で斬れば、妖異は消滅する。
分かっているし、しかもただたゆたうように浮かんでいるそれを滅することなど造作もない。
それなのに、どうしても刀は動かない。
――おかあ、さん……。
「声!?」
妖異の声だろうか。
かすれるような声が聞こえる。
母を呼ぶ声。
思わず珊瑚は眼を瞑った。
おかあさん
うんでくれて
ありがとう
おかあさん
このまえね
「この……」
それはただの意思の塊に過ぎない。
理想郷を求める叫びに過ぎないのだ。
頭痛にも似た苦悶を抱えて、珊瑚はうずくまった。
「会長……」
ぜぃ、と息をつけば、自分がここに飛び込んでくる時に言った言葉が蘇る。
あたしが、やる、と。
「ちょっと……無理し過ぎたかな……」
この前にしくじったからと言って、彼に無理をさせたくないからと思っての行動だったのだが。
「また心配かけて、余計無理させちゃう……」
溜息をついて珊瑚はゆっくりと立ち上がった。
涙が静かに頬を伝う。
「ごめん、ね……」
珊瑚はそっと、地獄蝶々の切っ先を妖異に突き立てた。
同時に、ゆるやかに赤子は昇華された。
いくつかの肉片となって。
***
「珊瑚……!」
消えた異界と共に、公園の滑り台の上に珊瑚はうずくまっていた。
地獄蝶々を抱えたまま、顔を隠している。
駆け寄る弥勒に、犬夜叉とかごめが続いた。
「大丈夫か?」
弥勒が珊瑚にそっと囁く。
かごめは後ろで二人の様子を見るしかない。
「大丈夫……ほら、これ。妖異の、肉」
掠れた声で珊瑚が言って、珊瑚は滑り台の近くの肉塊を指差した。
「何、あれ……!?」
気味悪さも伴って、かごめが思わず声を上げる。
「珊瑚が言っただろ。肉だ、肉。妖異の」
「赤ちゃんだったのに?」
「んなもん、仮の姿だ。切っちまえば、こうなる」
珊瑚をよく見れば、頬に涙の伝った跡がある。
「珊瑚さん、何かあったのかな……」
「気にしないで下さい。疲れただけのようですから」
気力の糸がぷつりと切れたらしい珊瑚。
気絶してしまった彼女を抱えて、弥勒は苦笑する。
「そう……でも」
「いいんです」
間髪入れずにそう返されて、何か触れてはいけないことがあるのだとかごめは悟った。
「犬夜叉、その肉持って帰ってくれますか?」
「だ! なんで俺が!」
「かごめさまに頼むのは最初からだと酷いでしょうから。お前に」
「……そうかよ」
疲れ切ったような目が向けられて、犬夜叉は渋々従う。
「ま、これが仕事で、この肉が報酬です」
端的すぎる弥勒の説明に犬夜叉とかごめは顔を見合わせた。
実際の退治現場に立ち会ったわけでもないし、この肉が報酬と言われても分からない。
「詳しくは後で。とりあえず、学校に戻りましょう」
心配そうな目は珊瑚の顔に注がれている。
あの二人出来てんのかしら、などとかごめは一人呟いて、生徒会長の後に従った。
異界が消えた公園は、日常と何ら変わらず、ごく普通の夕暮れの公園だ。
かごめは振り返って、そこに現れた非日常に思いを馳せた。
to be continued...
前回更新が八月なので、三か月間が空きました。現代パラレルの更新です。
つい数日前まで縦書きワードで気合い入れて打ち込んでいたものですから、なんだかメモ帳で書くと不思議です。
少し、肩慣らしという感じで、大きな展開もなく書きました。
荒が目立つのは自覚しております(汗)次回は、きっちり書きたいものです。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。
2009.11.24 漆間 周