「法師さま」
やっと見つけた。
珊瑚は息を切らして探し人のもとに駆け寄った。
虫の鳴き声。
空には三日月。
そして、風の音がひどく――響く夜だ。
彼は村はずれの木の下で、錫杖を抱えて座り込んでいた。
あたりは暗闇で、彼が今どんな表情をしているのかすら見えない。
ただ錫杖の輪がきらり、と光っているだけ。
「ねえ、どしたの?」
ゆっくりと、歩みを進めて彼の横へ向かう。
「こんなに暗いのにさ。一人で。宿でみんな待ってるよ?」
返事がない。
ざああああ。
足元の草が一斉になびく。
月を隠した雲が晴れたその一瞬。
錫杖の輪と共にきらりと光ったのは――。
見間違いじゃあ、ない。
珊瑚は思った。
たぶん、今光ったのは。
ほうしさまの、なみだ……?
「ねえ……」
声がかけづらい。
泣いてるの?
言いたくても、言えなかった。
「珊瑚か」
ぽつり、と弥勒が沈黙を破った。
「おれは……何やってるんだろうな、こんな所で」
ふっと彼が自嘲めいた笑みをこぼしたのが分かった。
その言葉に珊瑚は嘆息する。
余程精神的に追い詰められているらしい。
そっと、彼の顔を見ないように――見ようとしたって見えないような暗がりなのだが、背を向けて座った。
「ひとりじゃ、ないのに」
「……そうだな」
「ひとりに、なりたかったの?」
「かもしれん」
彼は右手をすっと上げた。
封印の数珠が微かな音を立てる。
「だが……お前を待っていた」
「そうなの?」
「珊瑚」
呼ぶ声は、すがるようで。
ああ、この人は孤独を確認したかったんだ。
直観的に珊瑚はそう思った。
だって、一人じゃ孤独を感じられないから。
「寂しかった」
呟く声はまるで普段のこの人ではない。
「こっちに、来てくれんか」
膝を叩く音がする。
素直に従ってその場所に移動する。
後ろから抱き締められる。
「珊瑚……」
耳元で囁かれた声は甘くて、低くて。
剥き出しの彼の声だった。
「接吻、してもいいか」
「いいよ」
普段なら拒むものもなんだか拒めない。
彼の声があまりにも求めているのが分かるから、余計に。
珊瑚は立ち上がって、弥勒と向いになるように座り直した。
ついと顎に寄せられた手が、唇と唇を引き合わせる。
「珊瑚……風が強いな」
「分かってるさ」
徐々に深くなる口づけに、は、と吐息をこぼして珊瑚は答えた。
「寂しい?」
「ああ」
無感情に答えた声のまま、彼は口内に舌を侵入させる。
「ん……」
「他の女じゃ、だめなんだ……お前じゃなきゃ……な」
彼はいつも、つらい時女を抱きに行く。
それは珊瑚も仲間も承知の事実。
彼は以前言った。
つらい時の慰めに、お前を求めることはしたくないのだ、と。
けれど今晩は違う。
なぜ?
思いが通じたか、弥勒が一人答えた。
「お前でなければ無理なんだ。おれが欲しいのがお前だから。おれが」
なお深くなる口づけに荒い呼吸が止まらない。
「っ……は……あたしは……慰み者じゃないよ……」
「違う。お前を愛してしまったから。……いつ裂けるか分からない風穴の前で愛しいおなごとの契りもない……」
「あ、……んっ、契りなら……時々……してるだろ…っん……」
「時々ではだめだ。毎晩でも。明日にも消える命かもしれぬのに……」
「ほうし……さま」
「……このまま、抱いていいか?」
低く呟く彼の声。
暗闇で彼の顔が見えない。
それは珊瑚にとっても余計に不安で。
このまま消えてしまいそうな彼を確認したくなる。
「いい……よ」
こちらまでなぜだか孤独になってしまって、寂しい声で珊瑚は答えた。
「……わがままで、すまない」
一言呟いて、彼は恋人をゆっくりと、押し倒した。優しく、そっと。
***
「あっ……ん!……そこ、や……」
暗闇の中に蜻蛉のように珊瑚の白い裸身が浮かび上がる。
覆いかぶさるのは黒い影。
「やだってばっ……あ、あんっ……!」
弥勒は執拗に珊瑚の弱いところを責めていく。
幾度かの情事で彼女の感じるところは殆ど把握していた。
欲しい。
寂しい。
どうか、証を。
ただその想いで、彼女を責め立てる。
本当は、甘い情事がしたかった。
珊瑚が迎えに来るはずと分かって、あんな場所にいた。
――おれは、卑怯だ。
自嘲しながらも恋人を責める指は止めない。
密の溢れる秘所にさしこみ、淫らな音を立ててほぐしていく。
「あっ……は……ほ、うしさま……」
「どうした? もう限界か?」
若干鬼畜じみた科白を彼女の耳元で囁く。
「あ……う……もう……」
「欲しいなら、言えよ。おれが、欲しいって」
――おれは、卑怯だ。
「ひゃうっ!」
一番弱い箇所にくっと指を折り曲げ力を入れると、思った通りの珊瑚の反応が返ってくる。
「言わないなら、やらんぞ?」
「あっ…あっ…欲しい、から……ほ…しさまが、ほし…から」
「良い子だ」
額に優しく口づけて、彼女の中に侵入する。
――こんなことでしか、確認できない。
己のばかさ加減に呆れた。
そうだ、本当はいつも通りの甘い情事がしたかった。
出来るものならば。
やがて果てた己になお自嘲の念が込み上げる。
「っ…は……珊瑚……」
「んぅ……なに?」
「すまない……」
瞳から一滴の涙がこぼれ落ちる。
それは月の微かな光にもきらりと光って、彼女の頬に降り注いだ。
「いいよ」
――分かってる。あなたの気持ちも、全部。
珊瑚は優しく微笑んだ。
もっとも彼には見えていないであろうが。
――本当は、互いに愛しみ合うような情事がしたかった。
「おれは……卑怯だな」
「たまには、いいさ」
優しい彼女の返事にくく、と弥勒は喉を鳴らして笑う。
「そんなことを言うと、調子に乗るぞ?」
「それはだめ、かな」
ふふ、と珊瑚は笑った。
風はもう、優しい風に変わっていた。
<了>
初、裏です。まあぬるいですが。
卑怯で鬼畜な法師です。
初っ端からこれですか。そんな自分に呆れてます。
次回は甘いやつをぜひ、書きたいですね。
タイトルは相変わらず曲名から。B'zです。
タイトルセンス欲しい……。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
2009.05.24 漆間 周