Dirty Sex

呪われた右手でなど抱きたくない。

「私は、法師さまのもの。法師さまも、私のもの」

だから、と。

自らしゅるり、と帯をほどき、小袖を肌蹴させる。
一気に腕を抜き取って、その玉のような肌を露にさせる。

「早く……法師さま」

誘う両手で彼の肩を抱き、そのまま引きよせる。
縁側だって構わない。
私があなたのものという証拠になるなら。
あなたが私のものという証拠になるなら。

「さん、ご……」

その姿があまりにも妖艶で。
それでいて寂しさに儚く消えるようにも見えて。

まだ、と思う気持ちも裏腹に、法師は彼女に口づけた。

「ほら、もっと……」
「え、ええ……」
「全部、脱がせていいんだよ?」

ふふふ、と妖艶に笑む彼女。

ふわり、と。
初夏の生暖かい風が吹いた。


Dirty Sex

――据え膳食わぬは、男の恥?

そんな言葉が弥勒の頭の中をかすめた。
止めようか、止めまいか。
考えをめぐらせるが、余りに妖艶な珊瑚の姿は弥勒を狂わせていく。
まるで媚薬のように。

やがて肌小袖が払われ、彼女の裸身が露になった時、もう弥勒は躊躇を止めた。
否、止めたと言うより逆らえなかった。

彼女の魅力に。
彼女の寂しさに。

貪るように片手でその豊かなふくらみを揉みしだきながら、舌の先でもう片方の赤く熟れた先端をちろり、とやる。
ふぅっ、と息を飲む珊瑚に弥勒は妖艶に笑った。

「あまり大きな声を出すと、中の犬夜叉たちに聞こえてしまいますよ?」
くくく、と珊瑚の耳元で、わざと吐息がかかるように低く甘く囁きながら、指をへそからあごまでゆっくりと滑らせて行く。
触れるか触れないか、そんな際どい手つきで。

「法師さま……」
「何だ?」
顎をくい、と持ち上げられたまま珊瑚は言う。
目つきは何か狂気を宿し、どこか冷たい。だがその奥底に、限りない寂しさと恋慕がちらりと隠れ見える。
「こうしたら、法師さまはあたしのものになる?」
なるよね。
そう期待するその言葉に、弥勒は罪悪感に襲われた。

一度寝たとて、また自分は同じことを繰り返す。きっと。
約束は出来ない。けれどなる、と言わなければいけない。

一瞬二人の目が交差する。
期待に満ちた目で見つめる彼女に、弥勒は目をそらさずにはいられなかった。

そらした瞳は風になびく草を見据える。

――風、か。

この右手の呪いさえなければ、弥勒はためらいなく、珊瑚を抱いただろう。
しかし、これがなければ彼女と出会わなかったのも、事実。

運命は、時に残酷だ。

弥勒は答えなかった。
ただ彼女の唇を塞いで、囁いた。
愛している、と。

「もっと」
珊瑚がいつになく甘い声で乞う。
「もっと……言って。もっと、愛して」

「……分かった」

――狂わせたのは、お前だぞ?
狂っているのも彼女だが。
互いに余裕がないことも事実。

「どうなっても……責任は持ちかねますので」
そう笑うと彼女の首筋に唇を寄せる。
小袖で隠れない場所に。
そして、その玉の肌を味わうかのように、吸う。
愛おしい香りがする。
それは他の誰も持ち得ない香り。
愛、という名の。

そして弥勒は、首筋から鎖骨へと唇を這わせ、彼女の体中に桜のような情痕を散らして行く。
敏感な場所に触れると彼女はひくり、と体を震わせる。
狂気で消された羞恥心によって、抵抗はあまりない。

だが。
弥勒が彼女の固くなった、最も敏感な箇所に触れた瞬間、珊瑚の頬が真っ赤に染まった。

「い……や……」

先程とはうって変わって、怯えるような目で、彼女は弥勒を見つめ、その右手を押さえた。

「だめ……そ、その……はずかし……から……」
いや、なの……。
蚊のなくような声で絞り出された音は羞恥を大いに纏っている。
潤んだ瞳は大きく見開かれ、震える。

その様子にはぁ、と弥勒は深く溜息をついた。

「だから……責任は持たないと言ったのに」
今夜は、止めておきましょう。

優しく彼女の頭を撫でてやる。
ふぅ、と安堵した表情でゆっくりと彼女は目を瞑った。

「珊瑚」
未だ裸身を晒した彼女の上に覆いかぶさって、弥勒はただすまなかった、と呟いた。
それに応えるかのように、彼女は瞳を閉じたままゆるゆると首を振る。

「……いいの。ごめんなさい……」

そして億劫そうに身を持ちあげた彼女は、弥勒の肩に腕をかけた。
そっと、その顔を彼の肩にうずめる。

抹香の香り。
そして、恐らく遊女の、おしろいの香り。

「浮気……止めてよ……」
こぼれ落ちた涙が弥勒の肩を濡らした。
返す言葉も見つからず、ただ弥勒は珊瑚の体を抱きしめるしかなかった。

優しい抱擁にも彼女の涙は止まらない。
「止めてくれたら……それでいいのに」

風になびく長い黒髪をそっとなぞった。
弥勒もまた、彼女の肩口に顔をうずめる。

「お前はずっと……泣いていたんですね」

――泣いてたさ。強気になったって、泣いてたさ。
そう答えるかのように珊瑚はまわした腕の力を強める。

「私がずっと……泣かせていたんですね」

風が彼女の黒髪をなびかせる。
ざわめく草の音に、闇夜はただ哀しさを含ませるだけ。

――こんな、夜だから。

言い訳は要らない。言い訳にならない。

弥勒は風の神に願った。

風が出会わせた二人なら、優しい風で結びつけてくれ。

こんな……凍えた風でなく。


<了>

表にありますDirty Desireの詳細となっております。短くて申し訳ありません。
ええと、初夜未遂です。
裏になるとやたら弥勒視点になるのですが、珊瑚視点で書くとどうなるんでしょうか。
なんだか表においても…いや、だめですかね(笑)
ここまで読んでくださってありがとうございました。

2009.06.04 漆間 周