雨だれブルース

しとしとと、滴りおちる雫の音。
洞窟に響くのは女の嬌声。
ゆらりゆらりと炎は照らす。
ちろりと見上げるその瞳には、快楽と羞恥と、抵抗と。


雨だれブルース

「珊瑚」

突然、押し倒される体。
目線の先には弥勒の強い眼差し。

「ちょ、ちょっと……! 見ないって約束したろ!?」
「違う」

突然、重ねられる唇。

「あ……う……」

腕は首筋をなぞって、胸をなぞって。
上気する頬と息。

「ほ、しさま……?」

――ねえ、今あなたは何を考えてる? 何を見てる?

「違う、って何が!」
思わず叫んだ言葉が洞窟に木霊する。

パチリ、と木の爆ぜる音がした。
雨だれの音は止まない。

「……分からない」
溜息と共に漏らされた言葉。
法師の前髪からしたたる水滴が、珊瑚の豊かな胸にこぼれつうと伝い落ちる。
「私は……お前に甘えるばかりだな、全く」
自嘲めいたその笑みに珊瑚は答える。
「別に……いいんじゃないの」
照れくさくてそらした瞳は、彼の肩に。
適度な筋肉。
鎖骨から描かれる線がいつも以上に男を感じさせる。

散った黒髪を彼はすいとすくいあげて口づける。
「お前が、欲しい」
「……理由は?」
「……『アモーレ』」

呟いた異国の言葉はどこかの書物で読んだ言葉。
どれだけ女を抱いても、率直に私の子を産んで下さらんか、など言えても、この娘だけには……どうにも、辛い。

「それは?」
「……愛している、という意味だ」
「何それ」
ふ、と思わず噴き出した珊瑚に、困惑気味の弥勒の表情。
「法師さま、変」
「変ってお前……」
「顔まで、変」
「珊瑚……お前、そういうこと言いますか」
はあ、と嘆息して弥勒は珊瑚の裸体を抱き抱える。

「少々、怒りました」
「え?」
返した言葉もつかの間、背後から抱きすくめた彼は珊瑚の首筋に咬みつく。
それは痛いようで痒いようで。
けれどなぜか快感を呼ぶ。
「ちょ、ちょっと……!」
「お前が私のものだという印も、つけて差し上げますよ」
そして首筋から背中にかけて散りばめられて行く桜模様。

「い、や……!」
彼の唇が傷痕をなぞった時、珊瑚は逃げようと体を躍らせた。
それはそのままの意味の傷痕。
心だけでなく、体に現れたような。
「どうして逃げる」
ひっそりと低く囁かれた声にぞくりとしながら珊瑚は答えた。
「だ、って……そんなのは……見られたくない……あたしの……あたしの、弱いとこだから」
「弱い? どこが。これは――お前の強さだ」

――強さ?

言葉の意味を吟味する間も、彼は情痕を散らして行く。

「さて……十分なようだし、そろそろ本格的にさせていただきますよ?」
気付けば上気仕切った頬。吐息。
熱のこもった体が、疼く。

ふ、と笑った彼の表情は、不敵で、でも愛を滲ませていた。

「……い、いいよ……」

背後から抱きすくめられたまま、胸を揉みしだかれる。
自然と出る声が洞窟に反響し、珊瑚は唇を噛んでおさえる。
「やめなさい、折角の好い声が」
唇を割って侵入した法師の指に、口内を蹂躙される。
そうすると、自然と声が出てしまうわけで。

「ひ、あ、うっ……」

「そう、その調子」
左手の行為に加え、右手は徐々に下へと向かい、すでに濡れ始めたそこへと侵入を試みる。
「ふあっ……!?」
「感じて、るんでしょう?」
そういう彼もまた、体は熱を帯びている。
何よりの証拠は、背中に当たる熱いモノ。

そっと蜜壺に侵入した指は、中をかき乱すように蠢く。
「は、あ……あ、あんっ……! そこ、は……!」
「我慢、しなくとも良いのですよ?」
耳朶をそっと噛んで、吐息混じりに耳元で紡がれた低い声。
「や、あ、ああっ……ん、んんうっ……!」

「すまない、私の方が我慢出来なくなった」

ふ、と笑って彼は。
珊瑚を自分の方に向かわせるように抱え直す。
その瞬間、交差した瞳と瞳。

鋭い獣のように、求める男の瞳と、愛の快楽揺れる娘の瞳。
しかし、どちらの方が切なげかと言えば――男の方だろう。

焚かれた火のせいで、熱いほどの洞窟の中。
己の体の方が余程、熱い。

「ああっ……!」
ぐい、と入りこんだ熱を持った法師のそれに、珊瑚は苦痛混じりの声を上げる。
何度この行為をしても、慣れないこの瞬間。
それは時に痛みであり、待ちわびた時でもある。
自分の中に、こんな類の欲望が眠っているとは、彼とこうなるまで思いもしなかった。

「動き、ますよ」
同時に動かされるそれ。
奥まで突かれると、しびれにも似た快感が背中を、腕を、駆け巡る。
「ひあぅ、ぁ……ふぁっ……ああ、んっ……!」
「っ、は……」
そして彼がぐ、と力を入れた時。

体の中に、彼のぬるいものを感じる。
一瞬の脱力と、倦怠感。

秘所から溢れる白いものに、行為の生々しさを感じる。

「は、法師さま……」
ぐたりと、横になった法師の上に珊瑚は倒れる。
彼は右手でそっと彼女の体を抱きとめた。

「あたしも……法師さまのことは、嫌いじゃ、ない」
「好きとは言わぬのか」
「……今はそんな気分じゃないから」
弥勒の苦笑いに、珊瑚もまた苦笑いで返す。
「いつもお前はなかなか言いませんね……では」
「ん?」
またぐい、と押し倒される体。

「素直になれぬお前にお仕置きですよ」
に、と笑って彼はまた胸に咬みついてくる。
「ちょ、ちょっと……! さっきしたばっかりなのに!」
顔を真っ赤にして慌てて止めに入る彼女に、弥勒はゆったりと笑う。
「私の方は有り余っておりますので、安心して下さい」

「ば、ばかそんなの……!」

――あたしの傷が、強いと言ったのは、なぜ?

聞こうと思ったことも言えぬままに、弥勒は行為に及ぶ。

二度目の果てに、疲れ切った珊瑚は弥勒にもたれかかる。
彼は気を遣ってか、もうすでに乾いた袈裟を広げてその上に珊瑚を横たえた。
ふ、と洞窟の外を見れば、雲の切れ間から光が差し込んでいる。

「あめ……やんだ、ね」
「ええ」

「帰る?」
「いえ……まだもう少し、これを口実にお前と二人きりでいたい」
「ん……」

弥勒がそっと撫でた珊瑚の左腕。
しなやかな指先。

それは彼女の傷痕と相まって、そのしたたかなまでの生命力と優しさを感じさせる。
このか細い女の指が。

いつの間に、自分を支える指になったのだろうか。

願わくば、自分のこの腕も彼女を支えるものであって欲しい。
しかしそれは彼女が思うことであって。
自分はただ、願うのみなのだ。

そっと、その願いを込めて。
弥勒は珊瑚の手をとり、指を絡めた。

その指と指の隙間から、雲の間から差し込む光を、そっと見た。


fin.



雨だれブルースって曲ありましたっけ? あったような、なかったような。
裏が鬼畜法師だらけなので、甘いエロも欲しいよ、と思って甘めを目指しました。
しかしどうにも鬼畜路線に向う脳内法師。
恋愛傾向に走ると不器用なようです、我が家の法師は。
この小説は表にあります、「裸足の女神」の裏話?のようになっております。
しかし今改めて読み返すと明らかにこれは鬼畜法師フラグですね。
ははは(乾笑)
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。

2009.07.25 漆間 周