サマータイム

夏のけだるさは、どうしてこうにも――。


サマータイム

深夜。
真夏の暑さと湿気はこんな刻限になっても容赦ない。
とうに肌蹴切った夜着に、外そうにも外せない手甲を恨めしそうに見る。
少しだけ、涼しさを求めて障子を少しばかり開ける。

ひた、ひたと覚束ない足音が響く。

ん、と隙間から顔を覗かせれば。

長い髪を漂わせて、気だるそうに歩く彼女が。

「珊瑚」

隙間から囁きかける。

「眠れないのか?」
「うん……暑くてさ、どうにも」
「私もだ」
に、と笑って、手招きする。

こくり、と彼女は頷いて、ひっそりと弥勒の部屋へと侵入した。

「はぁ、冷たい……」

入るなり床にぱたりと横になり、木張りの床に顔を押し付ける珊瑚。

「ほう、床の上がご所望で?」
「違う、暑いからやめて」

ぶっきらぼうに答えた彼女のもとに、弥勒はそろりと近付く。
ぐい、と顔をこちらに向ければ膨れた彼女の顔。
思わず噴き出した弥勒に、その顔はますます膨れる。

「その気にさせて差し上げますから」
ふ、と笑って弥勒は唇を寄せる。
柔らかい口づけ。
しかし熱の籠った互いの唇は、飽和したかのように反応しない。

「これでは、足りませんか?」
「そういうのじゃない……」
「なら?」
「暑いから、いいって言ってる」
「ならなぜ寝所に入って来た?」
「そ、それは……」

途端に頬を赤くした珊瑚に弥勒はくつくつと笑う。

「大丈夫、その気にさせて差し上げますから」

そして深くする口づけ。
熟知した彼女の感じる場所に舌を寄せ、掻き混ぜる。
あ、う、と漏れる声に確かな手ごたえを感じて、つと糸を引く唾液と共に弥勒は唇を離す。
濡れて怪しく光る女の唇。
むずかるように蠢く体。

「欲しい、ですか?」
「……ほし、い……」
「よろしい」

くつくつと満足気に喉を鳴らして、弥勒は珊瑚の反り返った喉に咬みつく。
そしてずらしていく唇。
あちこちに痕をつけ、季節に合わぬ桜を散らす。

「もう、ばか……」

そう言った女の声も、濡れていた。

***

「暑い……」
「ですな」

事の処理を終えて、向い合う二人。
全裸の珊瑚と比較すれば、弥勒は肌蹴てはいるものの、着物を着た状態。
脱げば、と珊瑚は言って、布団にもぐりこんだ。

「それは、どういう?」
からかいを含んだその声に、珊瑚はすぐさま切り返す。
「変な期待しないで。法師さまも暑いなら脱げばってこと」
「はいはい」

笑って彼は遠慮なく珊瑚の横に侵入する。
元は自分の寝床だったのだが。

絡まり合う汗ばんだ体。
気だるい夏の空気。
気だるい事後の空気。

今宵のことは、夏の悪戯か、それとも必然の出来事か。

――そんなことは、どうでもいい。

弥勒はまた、恨めしそうに手甲を見つめた。
外そうにも外せない。
いつか、この右手も含めてすべてを曝け出せる日が来たら。

隣で寝ている珊瑚がうう、と呻いた。
寝苦しそうに寝返りを打つ。
そっとその横顔をみやって、触れられる方の左手で、彼女の額の汗をぬぐってやった。

その時間は幸せだった。
情事の間より、情事の後のこの余韻が好きだ。
他の女とは違う、彼女だからこそ。
愛していると、感情は高ぶる。
それこそ、うぶな女でもないのに己はそうなる。
しかし、それも悪くない。

久しい幸せの時間に、弥勒はゆっくりと瞳を閉じた。

ある、夏の時間。


fin.



ジャズ名曲選を聞いていて、サマータイムをネタに。
歌詞はエロではないですが、夏の気だるさと恋を見事に歌った名曲です。
そして、実はですね、これ書いてメモ帳にコピーしようとしたんですよ……そしたら。
コピーされてなくて。
もう正直投げ出そうかと思いましたが、負ける気がしたのでリトライ。
のせいで…短くなってしまいました。
色々と申し訳ないです。
しかし、中略しただけであって、流れ的には、大丈夫だと、思いますので;
ぬるい裏ですが幸せな裏を感じていただけたら幸いです。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。

2009.08.10 漆間 周