もう歌しかきこえない

ざわり、と風が凪ぐ。
法師と退治屋は背中合わせにあたりをぐるりと見渡す。
気配を辿る。
嫌な汗がつぅ、と伝う。

そして、一瞬の停滞。

「そこか!」
双方飛び出した先に妖が姿を現す。
――が。

「今宵のこと、なかったことにしてやる!」
妖の叫びと共に二人に鳥の羽が舞う。
黒い羽がばさりばさりと落ちる瞬間、二羽の鳥妖怪の潜血が飛散する。
ぎぃぃぃぃという悲鳴に二人は勝負がついたことを悟る。

「珊瑚!」
「法師さま!」

お互いの背中がぶつかって。
そして、振り向いた瞬間。

――何?

目の前に広がるのは暗闇。
そこにいるはずの、互いの存在の姿が見えない。

「どこだ、珊瑚!」
弥勒は叫ぶ。
「法師さま、どこ!?」
珊瑚もまた叫ぶ。

双方腕を伸ばし手探りで相手を探す。

「あ……珊瑚」
「あ、うん」

暗闇の中、珊瑚は弥勒の手甲のはめられた腕を感じる。
ほっ、としたのもつかの間。
「ねえ……見えないんだけど」
「やられましたな……」

どうやら、妖は最期の最期に呪詛を仕掛けていったらしい。
「全く、性質の悪い……」
「だね……って、どこ触ってる!」

暗い夜の森に、快音が響いた。


「もう……こんなことしてる場合じゃないんだから」
む、と珊瑚は口をまげて弥勒に言った。
この状況でもはは、と彼は笑うだけ。
どこまで行けばこの鉄面皮ははがれるのかと珊瑚は思う。

――まあ、時々嫉妬のようなことをして、我を忘れてくれたりもして……それは、嬉しかったりもするのだが。

「で、どうやって犬夜叉たちのところに戻るわけ?」
野宿の最中、森の邪気に念のため退治した方がよかろうと来た妖怪退治。
見えていた時間でもとうに日は暮れていた。
今頃帰りが遅いことに仲間たちも気付く頃あいだろう。
「まあ……じっとしていた方が良いでしょう。この状況で下手に動いて他の妖怪に出食わしても危ない。それに、移動してどこへ行くか我々は見当もつきませんからな」
「まあね。でもじっとしてるって」
「ま、お前は性に合わないのでしょうが。急がば回れと申しますか。犬夜叉は鼻がききますし、探しに来てくれるでしょう」

はぁ、とお互い嘆息して適当な木の側に二人座り込む。
見失っては――否、見えてはいないのだが、いけないので二人背中合わせにくっついたままで。

相変わらず真っ暗な視界に珊瑚の心は不安に揺れる。
ふいに、じゃらりと音がして、重ねられた掌。

「な、何?」
思わず彼の方向に振り向いてしまう。
一瞬で染まったこの顔が、見られていないのだけが安心だ。
「いえ、お前が心細いかと思いまして」
「べ、別に……」
ふんっ、とそっぽを向く。
勢い、高く括った髪が彼に当たって。
「あ、ごめん」
「いえ。お前の髪は、良い香りがしますな」
ふ、と笑う彼の気配。

「見えないと――見えてくるものがあると、仏の教えにありますな」
「何、説法? 法師さまじゃ胡散臭いよ」
「これは心外な。これでも法力が使えるのが何よりの証でしょうに」
「だって、法師さま助平だし、お金集めるの大好きだし」
「それとこれとは別、です」

トン、と背中に当たる彼の頭。
ふ、と漏らされた吐息が耳にあたって、それが彼が自分の肩に背中をのせたのだと珊瑚は気付く。
「ちょっと。見えないのいいことに調子乗らないで」
「お前には、何が見えます?」
自分の言葉への応えもなく、禅問答の如く問いかける彼にくいと珊瑚は首を傾げた。
「別に。何も見えないだけだ」
「……私は、お前が見えますけどね」
「え、ちょ、それどういう!?」

それは、本当に見えているということか?
それとも、違う意味か?

分からずに困惑した声を上げる珊瑚。

調度そこに、聞きなれた声がした。

「おめえら、そこで何やってんでい」

逢引か、とでも言わんばかりの犬夜叉の言葉に、弥勒は珊瑚の腕を取って立ち上がる。

「お前が探しに来てくれるのを待っていたのですよ。退治のとばっちりで、視界を奪われまして」
「はぁ?」
「要は、目が見えぬので戻ろうにも戻れず、鼻のきくお前が探しに来るのを二人待っていたのです」

「ったく、どじやらかしやがって……行くぞ、ついてこい」

恐らくあきれ顔で踵を返したであろう彼の気配を追って二人は歩みを進める。
弥勒は珊瑚の手を引く。

「法師さま、別にあたしだって犬夜叉の気配追って行くくらいできるから、手なんか」
「うーむ、これは怪我の功名というやつで」
軽く笑った彼の声に、珊瑚は離せと言わんばかりに腕を振る。
が、彼は離してくれなくて。
「たまには、良いではありませんか」
ね?

にこりと笑ってこちらを見た彼の姿が見えた気がして、珊瑚は瞠目した。

『私は、お前が見えますけどね』

――それって、どういう意味さ。

仕方なしに手を繋いだまま野宿の場所へと戻る。
ただ犬夜叉の気配を追う、簡単ではあったが見えないことがこんなにも心細いとは思わなかった。

だから、今は。

こうして、繋いでいる右手の温もりは、光のようだった。


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タイトルは東方の曲より。後編は明日にでも上げます。
なら仕上げろよ、という話ですが、どうしても寝る前に何かしないと落ち着かないものでして(苦笑)
それでは、ここまで読んで下さりありがとうございました。

2009.07.18 漆間 周