Fantasy!

「ねえちゃんー」
パジャマ姿の草太の声にかごめが振り返る。
歯ブラシをくわえたまま、あに、と答えた。
寝る前のこんな時間に、何の用だと言うのだ。

「……珊瑚さんってその、奇麗、だよね……」
少々頬を赤らめて、照れくさそうに頭を掻きながら、苦笑するような自嘲するような表情で弟が言う。

そんな弟の顔を見て、かごめは歯ブラシをぽろりと落とした。思わず。

「そ、草太……そのね……どうなっても、知らないわよ?」

――ああ、この原因は。

かごめは頭を抱えて、夕飯の後の入浴に思いをはせる。

夕飯時、ようやく打ち解けた珊瑚が、草太と楽しそうに話をしていた。
まるで自身の弟と重ねるように、優しく笑って、柔らかな表情での会話。
内容は小学校の話だとか、他愛もない話だったけれど、珊瑚は心底安らいだ声で、しかし時々切なげな表情を垣間見せていた。
その相手をする草太もまた、楽しそうで。

しかし、子供と言えども男は男。
その「楽しそう」な表情に入りこんだ感情に、彼の人が気付かなかったはずはない。
鈍感な彼女自身は気付いていなかったにしても。

珊瑚の横で思い切り威圧的な空気を出しながら、鉄面皮はそのままで、夕飯を食べていた。

その雰囲気といったら、なかった。
犬夜叉含め七宝かごめまで、明らかなその変化に気付いて、内心びくびくしながら箸をすすめていたものだ。

そして、事件のきっかけは起こったのだった。

***

「ねぇ、草太くん、一緒にお風呂、入らない?」

居間の扉からひょいと顔を覗かせ、バスタオルを手に珊瑚がそう言った。
戦国一行の男どもは部屋に引っ込んでいたし、居間にはかごめと、かごめの家族しかいなかった。

風呂の使い方を把握した彼女は、先ほどの夕食で余程草太を気に入ったのだろうか。
にこにこと笑いながらほら、と誘っている。

かごめとしては……草太だってもう小学生なのよ!? といったところであったが、彼女にそれは関係なかったようで。
そういえば確かに琥珀も草太と同じくらいの年齢だったろうか。
彼女にすれば、弟くらいの年頃の子供と入浴するのは、当たり前なのかもしれない。
そして、多分。

――琥珀くんのこと、重ねてるから、きっと……。

珊瑚の笑顔に、痛々しい傷痕を感じて、かごめは草太に行っといでよ、と促した。
弥勒があとで聞けばどんな顔をするか分かったものではなかった。
けれど、彼女の気持ちを考えれば。
それで、少しでも珊瑚が喜びを感じてくれるのであれば。

草太は「え」という顔をしてから、少々顔を赤くして、風呂へ向かった。

その後姿を、かごめは何とも言えない気持ちで見送った。

***

「……あたしにも、弟がいるんだ」
ぽつり、と呟いた一言。

湯けむりが漂う。
珊瑚の白い肌は汗とともに輝くようで、まとめた髪から見えるうなじも相まって、色っぽいことこの上ない。
そして、その一瞬伏せられた瞳が。

「へえ、そうなの? 名前は?」
「琥珀――でも今は……あたしの手の届かないところにいる」

ふ、と笑って、珊瑚はかぶりを振った。
こんな暗い話、子供に聞かせるものではない。
それに、草太は琥珀ではない。

――分かっていても、それでも、重ねてしまう自分がいて。

ばかみたいだ、と自分で思いながらも、草太と話すのが楽しい。
仮初の安らぎでも、楽しいと感じていたい。
それは、ある意味愚かな人の性。

「ま、暗い話だからやめとこうね」

笑って、珊瑚は草太の頭を洗ってやった。
力入れすぎ、と草太が声を上げる。
ごめんごめん、と楽しげに声を上げて、力を緩めて、少年の髪を泡立てて行く。

「かごめちゃんのこと、心配?」
「うん、まあ……でも、犬のにいちゃんがちゃんと守ってくれるって信じてるから。それに、珊瑚さんや弥勒さんや、七宝も」

珊瑚はふと表情を緩めた。
――ああ、きょうだいというものは、こういうものだろうか。

「大丈夫、あたしたちがちゃんとついてる。かごめちゃんには絶対怪我させないよ。安心しな」

――失わせはしない。唯一の姉を、決して。そんな苦しい道を、この子供にも味あわせたくなどない。

「うん、大丈夫、僕も、ママもじいちゃんも、みんな信じてるから。ところで、珊瑚さんのあのでっかいブーメラン、どうするの?」
「え、ぶー、めらん?」
「そうそう、あのおっきいやつ!」

草太は腕を広げて目をきらきらとさせる。
きょとんとした表情を、笑顔に変えて珊瑚は明るく答えた。

「ああ、飛来骨ね。あれは妖怪の骨を固めて作ったものなんだ。あたしが退治屋になるために練習を始めるとき、父上が作ってくれたんだよ」

――今日から、これがお前の武器だ。共に戦う仲間だと思え。

「練習、大変だったな……」
はは、とありし日の記憶を思い出して笑った。

「戻ってくる軌道が読めなくて。何回も、受け止めるのに失敗しちゃ転んでた。最初は重くて投げられたもんじゃなかったしね」

「でも、今はちゃんと使えるの?」
「ああ、勿論だよ。投げ方、教えてあげようか?」
ふふ、と珊瑚は笑う。
「ええー、あんな重そうなの、無理だって!」
「じゃあ小さいのを木で作ってあげる。楽しいよ、きっと」
「ホントに? ちょっと、やってみたいかも」
目を輝かせる草太の頭をぽん、とたたく。
さ、流すよ、と言って、シャンプーの泡を流していく。

「うわ、耳に入るっ!」
「あ、ご、ごめんごめん……! こ、これでいいかな……?」
「うん、ありがと。なんかねえちゃんとお風呂に入ったのなんてずっと前だから、なんだか懐かしいや」
えへへ、と草太が笑う。
つられて珊瑚も頬を緩ませて。
「あたしも、こんなの久し振りだ」

浴槽に浸かる。
こんなに贅沢に湯が使えるなんて。
感激に浸りながら、ふう、と体を沈めた。

ただ、何となく。
隣の草太の、小さな肩に頭をのせる。

「さ、珊瑚さん……?」
戸惑う草太の声に、なぜだか分からないまま涙が伝う。

「……さっき、この傷痕のこと、聞いたろ。これ、あたしの弟がつけたんだ――妖怪に操られて。一族みんな、殺して……」
ふう、と吸い込む息が虚しい。
「そして……琥珀も死んでしまって……奈落の手先に」

伝う涙が止まらない。
誰かの影を他人に重ねるのは愚かなこと。
楽しさにつられて、弟と湯浴みなど思いだした自分が悪かったのだろうか。

ああ、今隣のこの子が琥珀だったら……あたしは。

けれど、草太は草太でかわいらしくて。
母性がそうさせるのか、分からないが、入れ替わる自身の気持ちにわけがわからなくなる。

この少年を「草太」と思って話す時もあれば、「琥珀」として話す自分もいる。

「……ごめんね、草太くん……」

それは相手にとってはとても失礼なことで。
だから、申し訳なかった。

「明日、飛来骨の投げ方教えてあげるから。楽しみにしてな」

涙を拭って、無理矢理笑う。強気に。

突然の彼女の涙に何と声をかけて良いか分からなかった草太だが、子供ながらにも彼女の複雑な気持ちを理解した。
そしてただ、元気よく笑って、うん、と答えた。


そして、それは当然、例のあの人の嫉妬を呼ぶことに繋がって――。



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リクエストというか、アイデアを下さったナナカさん、HARUさんに感謝!
短いですが、嫉妬法師編序章、ということで(笑)
すいません、暑さのあまり文章までたるんどる気がいたします。
笑う表現が上手く出来ないです。いつも紋切調。〜と笑った、緩ませた、あああ、いい加減学習しましょう、自分!
例のあの人、ってヴォルデモートですかい(笑)
それでは、ここまで読んで下さって本当にありがとうございました。

2009.06.27 漆間 周