Fantasy!

小鳥のさえずりに目が覚める。
この時代の人というのはどうも、あの電気というやつのせいだろうか、暗くなっても寝るということをしない。
よって当然、朝も遅い。
かごめは横の寝台で心地よさそうにまだ寝息をたてている。
珊瑚は彼女を起こさないように、そっと体を起こし、気配を殺して家の廊下を歩いた。
洗面台、という水が出るところへ向かう。
一通り使い方も教わった。
驚くべきことではあったが、慣れてしまえば何ということはない。
ただ、限りなく便利であるということだ。
こうして、この蛇口というものを横にするだけでお湯と水の切り替えができることだとか。

冷たい水で顔を洗った。
昨晩の草太との約束を思い出し、早速珊瑚は小さな飛来骨を作るべく外に出る。
かごめは今日は出かけるのだ、と言っていたが、それまでの時間なら構わないだろう。
服はどうすれば良いか分からなかったものだから、かごめから借りた寝巻きのままだ。
しかし着物でない分動きやすくて良い。

――さて。

削るものならあるが、材料がない。
神社の森の、太めの木枝など拝借しても良いものだろうか。
思案しつつ珊瑚は早朝の空気を吸い込む。
ここは神社だからだろうか。
清浄で体を中から鼓舞するような気配が漂う。
そして悪しきものを拒む気配も。

遠くで車の音が聞こえた。
こんな誰も通らない刻限に、忙しいことこの上ない。

ふむ、と人心地、珊瑚は神社の石段に腰かけた。
街が見える。
ビルというものは大きい。
昨日出かけた印象でいえば、この時代は何かしら仕掛けじみていて、そして人はどうしてだか何かを急いでいる。
車というものはとても速い。
電車も。
例えば隣村に行くにしても草履をすり減らして歩かなければいけない自分たちの時代とは次元が違った。
かごめはどうして、こんな時代に生まれて自分たちの時代へ来なければならなかったのだろうと思う。
結局それは玉の因果だが、それでもかごめは懸命にやっている。

あんな風に純粋になれたら、あんな風に強くなれたら――。

いつでも、親友をそう見る。
嫉ましいなどという下賤な感情ではない。
純粋な憧れだ。
自然と頭が下がる人間というものはいるもので、そのように自然と憧憬が生まれる。
そしてそのことをぽろりとこぼすと、彼女はいつもこれまた自然に笑う。
珊瑚ちゃんだって強いじゃない、あたしも珊瑚ちゃんみたいになれたらいいって思う、と。
どこが、と心底不思議に思う自分がいる。

そして、いつもあの法師に諌められる。

頬杖をついて遠くをながめた。
濃紺が慌てて去っていった後、取り残された青がのびやかに安堵しているような空の色。
どこからか吹く風は足元の木の葉を蹴散らしてどこか遠いところへ連れ去ってしまう。

草太のことを考えれば、自然と脳裏に浮かぶのは琥珀の姿だった。

蹴散らされた木の葉は道路へと引きずり出され、通った車の勢いにまかせてまたぶわりとゆらぐ。

――助けてやりたいのに。

こんなにも天気の良い朝なのに、どんどん暗い方向へ行く自分の感情を鑑みて、珊瑚はぶるりと首を振った。
手すりにつかまって立ちあがり、中へ戻ろうとする。

出会い頭。

目の前に立っていた法師の姿に、珊瑚は驚きもせず、おはようとただ意外過ぎるほど淡泊な言葉が出ただけだ。
黒衣が返事するかのように翻った。

「おなごがそんな姿で出歩くものじゃありませんよ。それはこの国の夜着なのでしょう?」
「え……ああ、うん」
「で、さっきから何を考えていたんですか?」

お見通し、とでも言うような目が目の前にあった。ただそこに、有無を言わせぬ何かがあった。

「……琥珀のこと」

それが何だか珊瑚は知っている。
何でも言ってほしいという彼の願いであり、それはある意味で男の所有欲にも似た感情だ。
正解を言い当てた子供にするかのように、彼は珊瑚を抱きしめる。

「あのね、珊瑚。言っておきますけどかごめさまの弟はお前の弟ではないんですよ」
「分かってるさ」
「小さな飛来骨、作ってやるんでしょう」

手渡されたのは探していた、手頃な木。

「かごめさまのおじいさまから頂きました」
「そ、そう……」

「しかし……そんなことをしても虚しいだけと私は思いますが?」

すれ違いざまに聞こえた彼の声。
それは珊瑚にとっては痛い真実で、けれど他にもっと言い様はあったはずなのだ。
なのに意地悪にも射抜かれた。
何の感情か、彼は卑怯にもその痛いところをわざと突き刺す。

そして去っていく。
何も言わない、そう黒衣が告げて翻る。

石段を降りて行く足音。

「どこいくの?」

「どこでも」

振り返って苦笑した彼の顔は矛盾だらけだった。
大人の顔をして、子供の表情をしている。
愛しているという顔をして、怒っている。
心配しているという顔をして、嗤っている。

――昨晩、草太くんと一緒にお風呂に入ったせいだ。

あれでいて、あの男は嫉妬深い。
そして、なまじ理性があるからタチが悪い。

恐らく自分も彼も、草太に飛来骨を作ってやることの意味は分かっていて、そしてその道理も感情もよく知っている。
だから、矛盾していたのだ。

言いたくないという顔で彼は不都合な真実を唱えたのだから。

そして、それを受け止めた自分も、矛盾に満ちた表情をしていたのだろう。

――どうしよう。

もうとうに家人が起きる時間となったらしい。
ねえちゃん、と元気よく響いたかごめの弟の声。

複雑な気持ちで、ただ法師に渡された木と小刀を交互に見やった。


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ほぼ二か月ぶりの更新となります。やっと書くテンションに帰ってきました。
しかし生殺しな感じでまこと申し訳ないです。
嫉妬法師、と言っておきながら、そうならない予感がいたします。
なぜなら草太相手に彼が行動するなら、そこで珊瑚の気持ちが痛いほど分かるはずだから。
ちょっと怒ってます、レベルになるのではないかと。
久しぶりとあって、テンションが最初に戻ってしまったような印象ですが、このまま近いうちに更新したいと思っております。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。

2009.08.19 漆間 周