Fantasy!

珊瑚さん、と遠くから聞こえてきた少年の声に振り返る。
ご飯だよ、と言って草太が見たのは彼女が手にしていた小刀と木。
目を輝かせる。

「本当に作ってくれるの!?」
わあ、とこうも嬉しそうに見られては、いいえとは言えない。
珊瑚はうん、と苦笑いしながら答えた。
「かごめちゃんが今日はみんなで出掛けるんだ、って言ってたからそれまで教えてあげるよ」
「そっか、ありがとう」
嬉しそうに草太は笑う。

寝巻きの袖を引かれて家の中へ戻る最中、どこかへ消えた彼の名残を惜しんで石畳を見る。

朝食の席は賑やかだった。
はしゃぐ七宝が目につく。
どれもこれもうまそうじゃのう、うまいのう、と連発。
朝食はかごめと、かごめの母が作ったらしい。

「そういえば弥勒さまは?」
米をごくりと嚥下してかごめが珊瑚の少し浮かない顔を見つめた。
え、と顔を上げて困った顔になる。
「なんか……よく分かんないんだけどどこか行っちゃった……昨日の草太くんとの約束のこと、話して……」
箸で卵焼きをつまんだまま言葉につまる珊瑚の様子を見て、かごめはううんと唸った。
やっぱりねえ、と苦笑する。
「なんで?」
「弥勒さま、やきもちやきだから。でもあのカッコのまま出掛けちゃったの?」
不安気に尋ねられてあ、と珊瑚は口を開けた。
「探さなくちゃ」
「うん、道なんて分からないだろうし……袈裟なら問題はないけど心配だわ」
とりあえずご飯食べたら犬夜叉に探してもらおう、珊瑚ちゃん、と言ってかごめはがつがつと茶碗から口に白米を注いだ。


***


出かけるまで教えてあげる、と言ったのに草太に申し訳ない、そう思いつつ珊瑚はかごめに言われるがまま、昨日かった服に袖を通した。
犬夜叉も同じくかごめが買ってきたものに身を包み、帽子で耳を隠している。
長い銀の髪が目立たないように、髪はくくられていた。
その髪だけ見ると、女性に近いというより美しさを感じる。
彼の兄である殺生丸のような。

「で、犬夜叉、弥勒さまのにおい、分かる?」
あんなやつほっときゃいいのに、なんで俺が、そう愚痴を言いつつも協力して探そうとしてくれる犬夜叉。
んー、と首をひねって犬夜叉はいつもの如く地面に犬のように這いつくばる。

「だ、大丈夫かな……?」
「さ、さあ……?」
人も多くなってきた街の通りに、姿は人間に見えても地面に這いつくばってくんかくんかやっている様子なぞまさに犬であり、異様だ。
というわけで容赦なく向けられる通りすがりの人間からの冷たい目線。
基本的に他人には触れない主義なのか、戦国時代のように何だ何だと人だかりができることはない。
何、という冷たい目で見て、そして目を背けて皆去って行く。

「い、犬夜叉、いいよ……なんか目立ってるし。あたしが雲母に乗って探してくる」
流石に申し訳なくてそう言うと、すぐさまかごめが静止した。
「だ、だめよ珊瑚ちゃん! 空を飛ぶ妖怪なんて目立つし……!」
慌てるかごめに、やおら立ち上がった犬夜叉が腰に手をやって女子二人を見た。

ううん、と彼らしくなく深刻な様子で二人を見て、珊瑚の戸惑いに満ちた表情を見て、帽子をくいと上げる。

「珊瑚、おめえが行け」

その一言にはぁ!? とかごめが憤った。
何考えてんのよ、とわめく。

「だってよ……あの野郎一人になりたくてどっか行きやがったわけだろ? 珊瑚が行ってやるのが一番だ。どうせおめえと何かあったんだろ」
彼にしては物わかりの良い言葉に、戸惑いがちにうんと珊瑚はうなずいた。
「ど、どうしちゃったのよ犬夜叉……やけに物わかりがよくなっちゃって」
「あのなあ……俺だってたまには分かるんだよ!」
「嘘っ! 女心なんて分かんないのがあんたでしょ!?」
「ちょ、おまえっ……んだとぉ!?」

またいつもの痴話喧嘩の調子で張り合い始める二人を前に、珊瑚ははぁと嘆息した。

「かごめちゃん、いいかな?」

割って入った言葉に双方顔をあげてうん、と頷く。

「じゃあ」

そう一言残して珊瑚は駈け出した。
かごめの家に置いてきた雲母を連れて彼を探す。

こんな西も東も分からない場所で彼が行きそうな場所などとんと見当もつかない。
けれど自分が探しに行かなければならないのだと思う。
その一心で玄関の扉をがらりと開ける。
調度良いところに七宝がどうしたんじゃ、と言って現れたものだから、とにかく雲母貸して、と珊瑚は叫んだ。
決して慌てふためいてはいないものの、どこかひたむきで必死な珊瑚の姿に七宝は分かった、と雲母を連れてきた。

「ありがと」

短く行ってすぐさま変化した雲母にまたがり飛び上る。
上空へ。
出来るだけ高く。
低いところではあまりにも目立つ。
下から見れば点にしか見えないような高さまで。
賢い相棒はその意思を悟って高く高くと前足を動かす。
まとった炎がゆらゆらと朝の風になびく。

「雲母、法師さまどこへ行ったと思う――?」

尋ねてもこの猫又が知るはずもなく。
雲母は分からない、と答えるように首をくいっと傾けた。

「だよね、分かんないよね」
苦笑して珊瑚は言った。
「とにかく法師さま、なんだか怒ってたみたいだから……」

――あたしが、行かなくちゃ。

正確には弥勒は怒っていただけではない。
根底に嫉妬があったのは確かだろうけれど、でもそれは案外薄い。
けれどそんなささやかな嫉妬でも、ほんの僅かな怒りでも、彼から向けられてしまうと自分はいても立ってもいられなくなる。
寄りかかる木の枝をなくしたように不安になるから、どうにかしなければと焦るから、珊瑚は雲母を急がせる。

恐らく彼は少し怒っていたから、それが自分でも馬鹿げていると思ったから一人でどこかへ行った。
彼は何も言わないのだ。いつだって。
それでいて、自分が探しに行って見つければ喜ぶ。
そんな……ひとだと珊瑚は知っている。

高い灰色の棒にそれを繋ぐ黒い線。
ビルという建物。
電車とかいう乗り物。

規則的に正しく動き出したかごめの世界。

けれど、そこは自分が本来いるべき世界ではない。
だから――妖怪などいないと分かっていてもこんなに不安になるのだ。

きっと。


next



自分で予想もしなかった方向に進んでます。
え、こうなるの!?
キャラクターと世界の力はすごいです。
勝手に話を作っていってしまうんですから。
というわけで、今回も割と短くなってしまいましたが6をお届でございます。
BGMに平沢進を聞きながら。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

2009.09.02 漆間 周